ナマケモノの飛行訓練

記憶のすべてがかすんでみえる。うろ覚えでつづるひこうくんれん。

それが孤独というのなら、是非ともたばこをやめたいとおもう。

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 ひどく長引く風邪をひいて喉が痛かったので、たばこを吸うことをやめていたのだけれど、三日ぶりくらいに吸ったら、えらいおいしかった。

 

 そんなたばこは、この10月から値上がりしたのだった。これはもういい加減やめようかな。そうおもったのは前回値上げした頃だったか、さらに前のことだったか。結局自分ルールによる契約で「五百円オーバーしたら絶対やめよう」と考えてみてもいるが、残念ながら今回の値上げではわたしの銘柄が五百円オーバーすることはなかった。

 

 ところで、万引きをやめられないひとがいるらしい。主婦やお年寄りが多いらしい。頭ではいけないことなのでやめたいと考えているのだけれど、どうしてもやめられないそうだ。なんでも、“万引き”という行為に依存してしまっているから、だそうだ。

 なんにしても、依存してしまうとなまなかな覚悟では、止められるものでもないらしい。やはりわたしもたばこに依存しているのだろう。

 

 依存というのは自らの意思をいくら強く持っても、治るものでもないらしい。アルコールにしろギャンブルにしろ万引きにしろ。そこにはトリガーがあり、それに触れるような出来事があると、依存する衝動に駆られてしまうのだそうだ。

 

 トリガーは、何でもなり得る。たとえばスーパーのお惣菜コーナーに誰もひとがいなかったり、家庭内で嫌なことがあったり。ただムシャクシャしていたり。とにかくそういった出来事や記憶によるトリガーに触れると、自分の意思に反してでも、衝動は抑えられなくなる。

 

 ひとたびなにかに依存してしまうと、たとえしっかりしたカウンセリングなどで治したとしても、完全な完治とはいかない。依存は抑圧することが難しい。どんな出来事や記憶がトリガーとなり、再発してしまうかは誰にもわからないからだ。

  それを抑止するためには、押さえつけるのではなくて、むしろさらに多くの依存を増やすほうが、ある意味ではよっぽど効果的でもある。そう専門家がいう。

 

 つまり依存といえど、考えようによってはそう悪いことでもない。たとえば家族や親戚や友だち。愛するもの、人たち。これらとの関係性を築くうえで、人が人に、まったく依存しない関係性なんてことは、果たしてあり得るのだろうか。

 もし、そういった、いわば“良い”意味での依存関係があるのなら、それらやめなければいけない理由となる“負のトリガー”と結びつけることにより、依存の衝動を抑止することができるという。

 たとえば、万引きなんてしたら孫にあわせる顔がなくなるだとか、恋人が悲しむだとか、友だちに迷惑がかかるだとか。なんでもいい。とにかくそういう自分にとって良い作用を促す感情を、万引きの衝動のトリガーと結びつけることにより、依存は制御し得る、とのこと。

 

 要するに、人は縦や横の繋がりを持つことが大事だという単純な話。えてして、そういった繋がりを持たない孤独なひとほど、万引きなどの犯罪行為に走ってしまうパターンが多くみられるという。つまり“孤独“とは、心にも身体にも、負担をかけてしまう害悪だということなのだろう。そう、問題は孤独にあるのかもしれない。

 

 なんでも、イギリスでは孤独担当大臣という役職が発足されたらしい。なぜそんな名前のポストが据えられたかとえば、詳しくは知らないけれど、それなりの試算的なデータもあり、国としても取り組むべき課題だという。データによれば、孤独というものは4兆円あまりの経済的損失になるらしく、国益としてみてもマイナスなのだそうだ。

 それからこんな報告もされたという。

 「孤独は、たばこに換算すると、一日あたり約15本以上吸うほどの害悪である。」

 

 なるほど。

 

 そいつは身体に悪そうだ。

 

 わたしは一日に15本もたばこは吸わないが、もしたばこを吸うことが、孤独という害悪と似ているというのならば、是非ともたばこをやめたいところだ。

 

 話が散らかってしまったようなので整理して考えてみよう。

 依存は完治することは難しい。トリガーは抑圧するのではなくて、良い感情をもって制御を促すトリガーと結びつけるほうがよい。

 なるほど。それではここでわたしのトリガーを考えてみよう。わたしがたばこを吸う場面はどういう時だったか。

 

 コーヒーを煎れたとき。仕事のあいまの休憩。息抜き。喫煙室での談笑のため。コミュニケーション。アイディアが行き詰ったとき。1日の総括。

 ううむ。むしろこのトリガーがわたしのライフスタイルにおいてとても重要に感じてきたぞ。到底悪い方向に作用するトリガーにはおもえないぞ。困ったな。

 煎れたてコーヒーを飲みながらのたばこは非常においしいし、休憩がてら良い息抜きにもなる。嗜む者同士の交流にもなる。それになによりも、わたしはどういうわけかたばこを吸うとアイディアが閃くことが多いのだ。こうして文章をタイプするまえには必ず吸うし、いやむしろたばこを吸っているときに文章を思いつくことがほとんどだし、なんならどちらが先かと問われれば、たばこを吸ったからこその文章なのだけれど、どうしたものか。

 

 いや、まてよ、これこそが罠なのだ。つまり成功体験と結びつけてしまうところにトリガーがあるのだ。そう繋がりだ。人との繋がりを考えなければ。間違いなくたばこは身体に悪いのだし、煙はひとに迷惑をかけるものなのだから、そこを反省しなければ。

 

 しかしわたしは吸わないひとの前では滅多にたばこを吸わないぞ。家でもお店でも吸わないぞ。それは確かに喫煙を許された店などでは吸う場合もあるが、それでも大概は一本だけだし、それも周りの人の食事が済んだのを確認して、断りをいれてからでないと吸わないぞ。路上でも吸わないしポイ捨ても絶対しない。

 だからといって、完全に他人に迷惑なぞをかけてはいない、なんて息巻きやしないが、それでも世間様が怒濤のように責め立てて後ろ指をさすというのなら、わたしにだって言いたいことがあるさ。それをいうならとこっちにだって我慢していることもあるんだぞといいたい。いやなにもたばこという枠での話でもあるまい。マナー全般の話をしようじゃないか。売り言葉に買いことばとなるぞ。寛容さをもってお互い様さと過ごすのが世間じゃないか、人情でないか。

 

 と、なんの話だったか。ああそうだ、たばこをやめるという話だった。だから繋がりだ。繋がりをもってたばこをやめるのだ。今はいい。身体を壊したらどうする。かのじょが悲しむだろう。様々なひとに迷惑をかけるだろう。たばこを吸う前にそこを考えるのだ。他者へのいたわりをもって禁煙しようではないか。

 いやまてよ、だったら保険にでも入ったほうがいいのではないか。郵便貯金でもいい。このあいだのように簡単に風邪をひかないように身体を頑強に鍛えるのもいい。なにか財産を残すことだっていたわりではないのか。たばこよりも先に優先することが沢山あるのではないか。

 

 わたしは幸い孤独ではないので、イギリス式に考えた経済的損失の概算には該当しないだろう。だが害悪ではあるらしい。15本も吸えば孤独と同じ害悪になるのだ。否、それは間違いだ。孤独がたばこ15本分の毒であって、15本分のたばこが孤独に結びつくというわけではあるまい。なにを勘違いしている。思考を散らかすな。それに、だからといってたばこが害悪ではないという説明にはならんではないか。害悪ではあるが損失ではないということか。どうなのだ。なんだってイギリス人は孤独をたばこに換算しやがったのだ、ややこしいではないか。では孤独でいてたばこを15本以上吸う人間はどうなのだ。経済的にも個人的にも身体にも経済にとっても、悪いことだというのか。そもそも孤独はそれほどに悪いことなのか。

 

  そもそもわたしがたばこを吸うときはベランダで孤独を楽しんでいるときだ。孤独になり一日の煩雑な部分を拭い去り、なるべく頭をクリアにするようにして、こうして文章をタイプしたり落書きをしたり、あるいは少しは利益になるようなアイディアを産みだす活力に変えているのだ。ベランダでのかけがえのない孤独なひとときがなければ、今のわたしはここにいなかったのでは、とさえおもえる。

 

 はたして孤独は害悪なのか。ある意味では孤独がなければ前に進めない時も、あるのではないのか。若者が群れるのは群れの中で孤独を感じるためでもあろうし、そしてその孤独から飛び出し、広い世界に羽ばたくための活力にもなろう。

 会話の相互作用として良いアイディアが導き出されることも、むろんありはするだろうが、孤独のなかでひとり拾い上げた思想や閃きも素晴らしいものだ。なんだイギリス政府、そんなに孤独が損害か。たばこがそんなに害悪なのか。え、なんだって?すこしも頭がクリアになってないじゃないかって。ものすごい思考が散らかってるじゃないかって?やかましいわい。よしわかったわたしはたばこを吸い、孤独を楽しむとしよう。害悪あいわかった。承知した。

 まてよ、わたしは孤独を感じ、頭をクリアにするためにたばこを吸うが、孤独というだけで15本分の害悪だという。するとなにか、わたしがベランダでひとり紫煙をくゆらせている数分のあいだで、15プラス1本ものたばこを吸っているということになるのか?いやいや上等だイギリス政府。害悪も損失も覚悟のうえだ。やれどこかで誰かが損しただの得しただのいっても、もう構うものか。

 孤独を淋しいと感じている人たち、孤独を不便だと感じている人たち、この国だけでない、全世界の孤独な人々の孤独な想いを、わたしが丸ごと吸い込んでやろうではないか。それから白い煙と共に、全部はき出してやろうではないか。上等だ。

 

 ん?

 ・・・わたしは何の話をしていたのだ?わたしは誰と戦っているのだ。

 そうそう、たばこがおいしかったという話だった。

 そうだったそうだった。

  ・・・

  ・・・

 

 

 

 

  ・・・というね、

 

 たばこがどうしてもやめられないので、話題を“煙に巻いて”みました。なんならイギリス政府のせいにしてみました。おあとがよろしいようでもなく、よろしくないですね。ごめんなさい。

 

 たばこは健康に悪影響を及ぼしますので、ルールとマナーをもって周りに迷惑のかからないように注意しましょう。【たばこはあなたにとって心筋梗塞の危険性を高めます。免疫学的な推計によると、喫煙者は心筋梗塞により死亡する危険性が非喫煙者に比べて約1.7倍高くなります。】

 わたしは毎回そう印字された文言を読みながら、戒めをもって煙を楽しんでいます。

 けれどやっぱりそのうちにはやめたいですね。ひとに迷惑をかけるつもりもございません。ごめんください。それではまた。