ナマケモノの飛行訓練

記憶のすべてがかすんでみえる。うろ覚えでつづるひこうくんれん。

面倒だけれど、誰かに寄り添う。

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 めちゃくちゃ長くなってしまったので五節に分けましたが、意味はありません。長文堪忍してつかあさい。(て、誰に言ってんだわたしは)いつもの二倍くらいテキストあります。

  

*1

 

 7月あたまの連休でのことだから、もう二ヶ月あまりも前にもなる。

 

 わたしは古い付き合いの連中と広尾で待ち合わせて、火鍋を食べた。

 たぶん結構な有名店だったのだろう。なんせとびきり旨辛だったし、ひとりあたまいちまんえんもしたし、ビールなんて細っいシャレオツなグラスだったし、なにより広尾だったし。

 

 その後で、細いグラスじゃ足らないのでどこかで吞み直そうとなり、馴れない街なので適当な店でよかったのだけれど、恵比寿在住の友人のお嫁さんが、飼い犬を連れて来たいので犬も入れる店がいいと主張し、近かったらいいよと他の皆の総意のもと、近所にあるからそういう店、近いよ近い、なんて言いながら、早業の電話予約で急きょねじ込み連れていかれた場所が白金で、夜とはいえあの異常なほどにくそ暑い時期の大都会を、ひと駅だかふた駅ぶん歩かされることになった。

 

 それで、ワンちゃんを連れてなんだよ白金ってよおいおいシロガネーゼ、お前ずいぶん“やってんなぁ”、なんてことは“逆に”言わずに、みんなでワンちゃんかわいいかわいいみたいになって、まあ実際、かわいかったし料理もそれなりだし、暑いなか歩いたので、普段吞みもしないフルーツ付きのサングリアなんてごくごく吞んで、古い仲間だし、なんかベタにTOKYOにまみれてる感が、むしろじゃりン子だった若い頃から到底時間軸が繋がっている連中とはおもえない、余りにもアンビバレンツな感じがして、まあおもしろいっちゃあ、面白かった。

 

 ところが帰りの渋谷から乗った終電車が劇的に込んでいて、ギュウギュウに詰め込まれて結局下りの満員電車で帰らなければならない地方都市住みの宿命をぐぬぬと噛みしめ、おまけにかのじょのとなりに密接した若い男の子の腋のにおいが、まあ、うん、なんていうか刺激的すぎて、小声でかのじょにダイジョウブか場所代わろうか、なんて訊くと、なんとかダイジョウブ、と戦場に赴く覚悟を決めた兵士のような見たこともない顔つきで呟いて、そのあと彼が降りるまでのあいだ、かのじょは浅く呼吸をしながら悟りを開いた修行僧みたいな顔になっていた。

 

 こういうことってすごいセンシティブだし、どんなに柔らかく注意しても友だちと楽しそうに談笑している当人は間違いなく傷つくだろうし、だからといって、赤の他人のそういうにおいを堪え忍んでいなければならないという空間は、やっぱり、どこまで堪忍すればいいかの線引きが、難しいなぁとはおもったし、そもそも彼の友だちは平気なのかな、平気じゃないなら注意してやりなよ友人としてさ、ともおもった。

 

 そんなことをおもっていたら、背中で人垣が急にばばっと割れて、何事かと振り向けば、割れた人垣の中心で若い女の子が嘔吐してしまっていて、ごめんなさいごめんなさいと小さな声で連呼していて、唖然としている間に扉が開き、多分、最寄り駅でないその駅に、彼女はひとり静かに降りていった。最終電車なのに。扉が閉まるまでひたすらごめんなさいといっていた。

 

 その次の日にみなとみらいを散歩して、吞んで、またしてもほろ酔いで観光客みたいなひとたちに紛れて歩いていると、コスモワールドを少し駅側に向かったところで、ホームレスのひとが目の前にお金を恵んでもらうための小さな箱を置いて、座っていた。

 その人はよく見かけるひとだったのだけれど、こんな観光地みたいな場所にいるのは珍しいなと感じたので、余計に注視して見ていた。

 

 人混みというのは濁流みたいなもので、端っこで座っているそのひとに、たとえ気づいて、小銭でも投げ込もうとおもっても、流れから外れることはそれだけでそれなりに難しいし、ましてそのひとの元へ小銭を投げ込みに戻るなんてことは、結構、勇気みたいなものも必要としたりもする。

 

 しかし、そんな中で、流れに逆らう親子がいた。彼らはまず端に寄って、植え込みの隅で財布を取り出しているようだった。その親子は容姿や格好からなんとなく察するに観光に来たイスラムのひとたちだったので、たぶん、正座しているひとにいくらか施したことは間違いなさそうだった。

 

*2

 

 わたしはここしばらくの間、この一連の出来事の整合性というか折り合いみたいなものがどうもつかなくて、夏のあいだじゅう暑い暑いとぼやきながらも、片隅にはこの記憶が断片的に浮かんで消えてを繰り返していた。

 とはいえ、早い段階で断っておくと、この話題に落とし所なんてないのだけれど。

 

 端的に話せば、高級な中華を食べた帰りしなに他人とギュウギュウ密接し、少々不快なにおいに耐えて、車内で吐いてしまった若い女の子を気の毒におもいながらも、ある意味では、休日前の風景としてありがちともいえる、都会のごった煮感みたいなものの、痛烈な皮肉の象徴として、この出来事が焼き付いてだけといえば、それだけなのだろう。

 

 または、高級中華を食べた自分と、ホームレスに小銭すら落とさない自分を比べて、良心の呵責に苛まれたといえば確かにそういう部分もあるが、完全にそれだけでもない複雑な感情が渦巻いたとは、ほんのりと感じている。

 

 良心の呵責という部分では、わたしも小銭を投げ込んだこともあるほどに頻繁に見かけるホールレスのひとだったので、わたしとしてはなにも今回は流れに逆らうまでもないかなとはおもったのだけれど、(たぶん)イスラムのひとたちの躊躇なくすんなりと他人に手を差し伸べられる宗教観というものには、率直に羨ましいなと感じた。

 それと同時に、貧しいひとに見向きもしないでピカピカ流れて進んでいく街と人々が、観光に来て楽しい気持ちになっているはずの異国のひとたちに、少なからず何かしらの影を落としてしまったことにはなったのだろうな、とも感じた。

 

 けれども、それは事実だし、わたしも現にそうして素通りしたことを弁明する気もない。それでも、あの炎天下の中であのホームレスのひとはどういうわけかダウンみたいなナイロンのジャンパーを着ていて、わたしはその姿を認識していながらも、その時はなにも思わずに、後になってせめて水でも置いていけばよかったかな、とおもい直したりもした。

 そしてそういう配慮に気がついたのが、三日くらい経った後だったという、結局は見ているようで何も見ていないという、わたしの浅はかさには少し辟易したりもした。あの暑さでは小銭どころか、命に関わることなのに。

 

 わたしは誰かに施したり手を差し伸べたり、そういうことに積極的なタイプでもなければ、ボランティア精神みたいなものも薄いとおもう。

 横浜というのはご存知のひともいるかもしれないけれど、俗にいう日本三大ドヤ街と呼ばれる地域があって、貧しそうなひとたちを結構見かけたりもする。

 だから、・・いや、だからというのは違うけれど、そういう人たちの不便に逐一心を砕いてもいられないし、わたしの薄給ではなにしろ小銭も足りやしない。

 それから、飾らずにいえば、自分の生活を崩してまで手を差し伸べたいという気持ちにはなれない。

 ここでいう自分の生活というのは、たまに高級中華料理屋で火鍋を食す、という部分も、もちろん含まれている。

 

*3

 

 ボランティア精神というのは自らの意思で志願するという意味だろうから、わたしがそうして誰かに手を差し伸べないということを、他の誰かに責められたりすることは、社会的にはもちろん無い。

 けれど、そういった精神がみなぎっているひとはやはり素晴らしいし偉いとおもうし、わたしもできる限りの配慮だけは、なるべく忘れずにいたいとはおもってもいる。

 

 そうおもういっぽうで、これはけっこうまるで別の話になるかもしれないけれど、ひとを助けたいという気持ちは、何もしないという行動と同じくらい、慎重にならなければいけないのではないかと感じたりもする。

 哀れみという感情は、受け取る側からしてみたら、案外、屈辱的だったりもするからだ。

 

 ひとの価値観はそれぞれで、他人から見ればみすぼらしい印象をもつことも、そのひとからしてみれば、普通のことだったりする。当たり前だけれど。

 いままで普通だとおもっていたことを、急に他人に哀れみの眼差しで見つめられたりして、おまけに手を差し伸べられたりなんかしたら、それはたまったものではない。少なくともわたしならばそう感じる。

 

 世の中を弱者と強者に分けるのだとしたら、強者は無条件で困っているひとに手を差し伸べるのが理想の社会かもしれないけれど、その手が哀れみにまみれていてはいけないとおもう。

 そういった部分で、裕福だったり教養があったりするひとと、貧乏で無教養な人間では、どちらかといえば後者側に属するわたしとしての見解としては、なんとなく隔たりがあるとおもったりもする。

 

 わたしは生活水準の極めて低い地域と環境で育ったので、貧乏だったり、家庭環境が悪かったり、社会的に不利な立場にいる知り合いがごろごろいた。というかほとんどがそういう連中だった。もちろんわたしも含めて。

 そういう地域の連中の多くは、環境要因で不可抗力的に社会のレールから外れてしまう不幸もあるけれど、実際見てきたわたしの経験則からいわせてもらえば、自らレールから外れていくパターンのほうが明らかに多いと感じている。

 

 貧しさや学力や治安の悪さはあれど、そういうものは単に環境の違いに過ぎず、生まれ持ったペナルティを打破できるか否かということは、結局、個人の意識の問題なのではないか。

 わたしは、そういった要因をただの言い訳にして、みずから勝手に堕落していく連中をけっこう沢山見てきたような気がする。

 彼らは往々にして皆、無気力だった。すべてにおいて無気力なのだった。そしてその、“無気力”というやつこそが、人生において、なにより戦うべき強敵だということを、まるで自覚していなかった。

 

 それから、彼らは自分で稼ぐことと、人を出し抜くことの垣根がとても低い印象があった。必ずしも悪意からくるものでもなく、むしろ無邪気なほどに。

 真面目に働くことと、楽して非合法に稼ぐことを対比する背徳感も薄かった。だから選択肢はいつでも“楽”をチョイスできた。もちろん“楽”に伴うリスクなんて、鑑みることはしなかった。

 

 冷たい言い方をするがつまり大半のひとが堕落する理由としては、まさに自業自得につきるのだとおもう。そして、そこから抜け出した(と信じたいし当面はそう感じている)わたしにしてみれば、堕落や退廃の深淵はいつも紙一重の所にあり、無気力と思考停止に陥った人間はおしなべて皆、暗い穴ぼこに落ち込んでしまうのだということを、今でもはっきりと感じている。

 (一応、ふたたび断っておくけれど、冒頭で話したホームレスのひとがそうだという話でない。当たり前だけれど、そんなことはわたしが知る由もない。それから、そのひとが炎天下の中で命の危険を晒しながら座り込んでいたときに、見過ごしたというわたしの落ち度も、また、これとは別の話でもある。)

 

 ところが、いっぽうでは、そういう内情みたいなものを知らない、たとえばいわゆる一般的、あるいは裕福な環境下にいるひとなどには、どうにもそういう事情が肌感覚で掴めていないのではないだろうかと、時々感じたりすることがある。

 

 要するに、小狡いやつや無気力な連中や悪党と、ただ善良で不運なひとの違いが分からず、あるいはそれほど深くは考えず分別せず、ひとまとめ一緒くたにして、社会的弱者はひたすらに虐げられていると思い込む。または、その逆に、不幸なひとと悪党を見分けようとはせず、すべてを自業自得・自己責任という都合の良い言葉のみに終始する。いずれにしろどちらもなんならヒステリー的になって、現代社会を弾劾しているような節があるように感じたりもする。

 

 社会的弱者ならば、クズも悪党も不幸なひともまるっとまとめて救いの手を差し伸べてくれるという姿勢は、本当に素晴らしいには違いない。

 違いはないのだけれど、単純にかわいそう、まあそれでもいい。けれど、社会的ルールを無視して、出し抜いてでも稼ごうとする人たちと、社会的弱者をひとくくりに“虐げらし者”として、すべてを救おうとする人たち。それから、すべてを自己責任で片づけて、善行をすべてを偽善と決めつける人たち。

 ベクトルはまったく違うはずなのに、どこか似ているとおもってしまうこの気持ちはなんなのだろう。

 

 何度も云うがいずれにしろ、すべてのひとたちの理想がすべて叶うことは、素晴らしいことには違いはあるまい。

 願わくば、そういうひとたちが救おうとしている、いわゆる虐げられた人々がもし、狡賢かったり愚かだったりしても、どうか失望したり、裏切られたと感じたりせずに、辛抱強く手を差し伸べてほしいとは、少しだけおもったりもする。

 

*4

 

 わたしの経験談を少し話させてもらうと、もうかなり昔に、しばらく姿をくらませていた友人に街でばったり出会ったことがある。

 道ばたで事情を聞いていてると、どうもホームレスになってしまったという。寄るべもなく頼る親戚もなく、まったくの孤立無援になってしまったという。

 

 それでわたしはとりあえず、一緒に銭湯に浸かり、タバコを与え、ちょっと待てと、ATMに走り、蓄えが10万円ほどしかないことを確認し、ため息を漏らし、少し考えて半分のお金をおろして、彼に渡した。

 当然、彼は感謝し、しかし返すとは言わず、わたしも返せとも言わず、ただ顔を見合わせ、握手をして別れた。

 それからたぶん彼は眼だけでもう二度と会うことはないだろうと合図をし、わたしも同じように返した。

 

 貧乏人は貧乏人を呼び込むようで、駅のホームや道ばたで話しかけられたり、荷物を持ってあげたり、様々な切っ掛けで、聞いてもいないのに不幸な身のうえを話だして、結局はお金を少し貸してくれというおじさんやおじいさんやおばさんに、わたしは何度か出会った経験がある。

 お互いにタカり/タカられていることは(おそらく)理解しつつ、小銭を渡すと、彼らは必ず返すといい、わたしは別にいいよ返さなくて、と、予定調和の流れがはじまる。酒は買うなよみたいな軽口でそれとなく注意を促し、だが買うんだろうなとわたしはおもい、相手は相手で買うわけないさとうそぶきながら、当然買うさ吞むさという目つきを隠し、お酒臭い息で笑ったりもする。

 そうしてわたしたちはお互いにもう二度と出会わないことを願い、別れの挨拶を交わし、通りすぎる。

 

 わたしが人生に窮した友人に現金を渡したのはその一度だけだし、それに対して、わたしは自身のことを慈善的だとか、良いことをしただとか、ましてタカられたなんてことは少しもおもわない。

 また、そのほかのひとに対しても、まんまとタカられてしまったヤラレタとは正直多少感じはすれど、それが悔しいとも残念だとも、なぜだか不思議とおもわない。

 

 それでも、わたしとしてはこういうことで出会った全員のひとたちに対して、統一した感情がひとつだけ芽生えたということは間違いない。

 つまり、「面倒くさい」あるいは、「面倒事に巻き込まれてしまった」、あるいは、「しっかりしろよ」という憤りまじりの感情だ。

 

 そう、面倒なのだ。他人が困っているということは。

 

 ただひたすらにメンドクサイのだ。

 だがこのメンドクサイという感情さえも、一概に薄情だといわれたとするのならば、わたしは少しだけ反発したい気持ちにもなる。

 なぜなら、その時のわたしは、少なくともそちら側に立っていたからなのだ。

 

 失業、無気力、無学、劣等感、穴ぼこに落ち込む切っ掛けはどこにでもある。明日は我が身。ホームレスになってしまった友人もその他のひとたちも、わたしとの差はそれほどない。わたしだっていつでもそちら側に立っている。

 

 ひとに手を差し伸べるときには、まずは憐憫ではなくて、ただ、「そちら側に立つ」ということが前提なのではないか。

 憐憫という感情は、そちら側に立ってはじめて、切実で真摯な感情として機能し、率直な行動を伴ってくるのではないだろうか。

 

 世界には不条理や不公平が山ほどある。そのことに対していくら文句を言っても強い言葉で反対をしても、表明しても、許さないといっても、そちら側に立つことにはならないのではないかとおもうことがある。

  寄り添って、同じ空間で同じ空気を吸い、語り合い、それでもお互いを尊敬して尊重しあって、時には面倒だなぁ、ダメだなぁばかだなぁと気安く言い合って、できればそれくらい対等な立場を築いてから始めて、手を差し伸べられる立場になるのではないだろうか。

 

 そうして、そんな行動をひたすらに誇示せずに、黙々とこなすようなひとたちこそが、真の慈善家とかボランティア精神だとか、もしくは活動家だとか、呼ばれるべきなのではないか。

 

 もちろんそういうひとたちは世界中に沢山いる。裕福かそうでないかに関わらずに。あのイスラムのひとたちだってそうだろうし、このネットの世界でもそれはわかる。このブログ内で交流してさせてもらっているひとの中にもいる。

 そういうひとたちは時に虐げられたひとたちにに心を砕き、寄り添い、楽しそうに笑いあっている。

 被災地や迫害を受けている国の人たちの情報を流したり、募金を募るリンクをはったり、静かに抗議を表明したり。あるいは同じ場所で着物を着たり、同じご飯を食べたり、みんなで創作活動をしたりして、豊かで楽しい交流を続けている。

 

 そういうひとを見ていると、背筋が正されるし、わたしもそうありたいと感じたりもする。がんばって署名したり密かに小銭を寄付したりしてみる気持ちにもなるし、実際に行動を移してみたりしたこともある。

 そして、そういうひとたちは皆、不条理に抗議はすれど、常にその姿勢には柔和さが感じ取れ、決して誰のことも責めたりはしていないように感じる。

 また、わたしのように「そういうことは面倒だ」と言いのけるような人間さえも、簡単に許容してくれているような気もするのだ。

  

*5

  

 本当に面倒ならば、素通りしてもいいのではないか。かわいそうだとかそんな感情だけで手を差し伸べられるよりは、少しはマシだとおもう。“こちら”側の意見としては。

 ひとにはそれぞれ事情があって、足もとにはそれぞれの穴ぼこが広がっている。想像をめぐらせればわかるだろう。おもいやりとは想像力なのだ。

 

 ひとがひとの前を通り過ぎる時には、決まって事情というものがあり、立場がある。貧乏人も金持ちも優劣も関係なく、まして生産性などで図るものではなく、困っている人がいれば手を差し伸べられたらなによりだし、素通りしたり目を背けたりしてしまうことすらも、事情を察して寛容さを忘れず、できるかぎり許せばいい。または、そうは出来ないひとのぶんも、ただ手を貸せるひとがサポートすればいいのではないか。単純な話ではないか。

  

  かつてわたしまわりでも同じようなことがあり、爺さまは親父を見放し、わたしら兄弟のことも、なにもしてやれないといった。

 だが、その時のわたしは、むしろ何もしなくていいとおもったし、面倒なんてかけやしないといった。そればかりか怪物のような親父に全てをむしり取られるもっと前に、見放してくれても構わなかったとさえ後悔をした。老いて、身体を崩して、精神を蝕まれてまで繋ぎ止めていたその愛情の深さは計り知れないけれど、血のつながりや世間体なんて気にせずに、もっと薄情に簡単に、面倒ごとなんて切り離してほしかった。

 

 それで、わたしと兄貴は、お互いに生きている限り、これからはなるべく会わないようにしようと確約した。一個の人生を、お互いに干渉せずに進もうと約束した。以来、わたしたちはお互いに、連絡のないことは、面倒事がない証拠なのだと受け止め、それぞれの人生を歩んでもいる。

 尤も、それでも常に、兄貴のほうが率先して貧乏くじを引いてくれていることは、間違いないのだが。

  

 わたしは、かの友人とはもう会わないだろう。たぶんこれからも会いたいとはおもわないだろう。けれど、もし、再び出会うことがあり、お互いが今だ同じ立場だとしたのなら、わたしは面倒だと顔をしかめならがも同じようなことをするだろう。

 あるいは、羽振りがよくなればそれ以上のこともするかもしれないし、よくなければ小銭を投げ込むだけかもしれない。そしてそれはお互い様。逆の立場もしかりというわけだ。

 

 街で、電車で、どこかで不快のおもいをしたりする。他人の体臭や態度が気になって仕方がなる。そういう時も、わたしたちは少しばかり我慢してみよう。当人もいつかは近しい友人にそれとなく注意される日が来るだろうと期待していよう。

 吐いてしまった女の子も、恥ずかしかっただろうがきっと大丈夫。あの場で見てみない振りをする人々も、ひとつの配慮なのかもしれない。そんなに謝らなくてもいいんだよ。心の中でそう呟けばいい。駅員さんには申し訳ないだろうけれど、きっと彼らもしかめ面で後処理をしてくれるだろう。それが仕事だし、立場ってものだ。彼女はきっとなんとかして家路についたこととおもうし、その失敗をなぐさめてくれるひともいることだろう。

 わたしたちが手を差し伸べなくても、そこに寄り添う誰かがいるに違いない。

 

 わたしはこれからも、恣意的な感情で面倒くさいとおもいながら、時々はホームレスに小銭を投げ込むかもしれない。

 けれど、たまの贅沢として高級中華を食す蓄えを裂いてまで、助けようとはこれからもたぶんおもえないだろう。

 薄情といえばそうかもしれない。だがいっぽうでは、贅沢して何が悪いという気持ちもある。“あちら側”で道ばたに座る人生からなんとか逃れ、ピカピカの暮らしを目指し、ねだらずに勝ち取ることを目指してなにが悪い、資本主義のどこが悪いのだと、開き直る気持ちもあったりもする。

 いつでも心は一枚岩ではないのだ。なにもみんながみんな聖人君子になる必要なんてない。答えにではなくて、穴ぼこに対するそれぞれの立ち位置にこそ、配慮が必要なのだ。

 

 だからわたしたちはこれからも、貧困や争いや人権侵害や政治不信に心を砕きながらも、時として見て見ぬ振りをするだろう。

 そうして時々贅沢もするだろう。白金を歩き、子犬を散歩させるだろう。他人からみたらさぞやスノッブにみえることだろう。

 けれど、もし、子どももいない、いい歳をした男女が5人も6人も集まって、テラス席で一匹の犬ころをカワイイカワイイと言い合っていることが、いったいどういうことなのかを、すこしだけ想像してほしいとも、また、ただ通り過ぎてほしいとも、おもったりはする。

 

 まとめていうと身も蓋もないことなのだが、たぶんひとは、なんでもいいんだ。生きているだけでそれで良いんだ。生き物に生産性なんて求める必要なんてないんだ。生きることに恥じるなくてもいいんだ。ひとにはそれぞれ立場というものがある。それぞれが出来ることをやればいい。簡単なんだ。

 

 だからこそ。誰でもどこでも、たまに困っているひとがいたり、面倒事に出会ったのなら、余裕があるときでいいから、しかめ面をしながら鼻をつまみながらでもいいから、少しだけ寄り添い、手を差し伸べることができたのなら、それがなによりだと、わたしはおもう。