ナマケモノの飛行訓練

記憶のすべてがかすんでみえる。うろ覚えでつづるひこうくんれん。

オヤジっ!【創作編?】

f:id:flightsloth:20180412025422j:plain (いろいろとマズそうなので、創作。ーーというテイで。)

 

 わたしの親父は社会不適合者で、一応本職を持ってはいたが、テキ屋のようなことばかりをやっていた。

 彼からは教育らしいことはなにも受けなかったけれど、そこは反面教師ともいうべきか、わたしは勝手に、彼の人生からは多くを学ぶことができたとはおもっている。いつの世も子どもは勝手に育つもの。

 

 教育らしいことは受けてはいないといったが、正確にいえばそうともいえない。己の欲求に極めて弱い親父は、その本能の赴くままにわたしを連れだし、大いに遊び呆けたのだった。そう、遊んでくれた、ではなくて、ただ遊んだのだ。自分が。

 それでわたしは、勝手に遊ぶことだけを学び、また、そこから勝手に学ぶことをまなんだ。そしてそういう関係が通常で、よそ様もそれが当たり前なのだろうと、いまでもおもいこんでいる節がある。

 

 気が向くと親父はわたしを縁日や繁華街に連れ出した。近所だったり、川崎大師だったり、浅草だったり上野だったり。とにかくそういった当時の、昭和の時分でさえ、より情緒(←)溢れる街並みがたいそうすきだったようだ。

 

 親父は別に何をするでもなく、ぷらぷらと歩き回り、ときどき胡散臭い大人たちと言葉を交わし、わたしが望めばリンゴ飴や駄菓子の類いを、渋ることなく与えた。

  時々足を止め、リンゴ飴にしゃぶりつくわたしに肩車なぞをして、叩き売りの口上を聞かせたり、テキ屋を巡ったり、サクラを使った商売(?)の手法を解説したりした。あいつがオヒキであいつがサクラで、あいつがカモだ。親父は小声でそんなふうに囁くのだ。

 ひとりの男がメッキ製のブレスレットやパチ物の時計に難癖つける。するともうひとりの身ぎれいな男が「こりゃホンモノじゃないか!」と大仰に驚いてみせ、すぐに金を払う。すると遠巻きに眺めていたカモになる男が強い興味を示しだす。難癖男も我先にと金を出す。そして身ぎれい男の「これは全部買い占めてもいいのかね?」という質問がトドメとなり、カモは慌てて財布を取り出す、という算段だ。

 

 親父は一連の流れをわたしにみせると「な、」とだけいい、再び街をぷらぷらと歩き出したものだ。祭りや縁日でもたいがいのものは買ってくれたが、なかには小銭を出してくれない時もあった。束ねられた紐に景品が繋げられているクジ引きや、単純な三角クジなどがそうだった。

 幼いわたしがあれやりたいと指をさしても、親父は「やめとけ、」とぴしゃりとひと言。だがそのひと言だけで十分だった。親父にそう言われたわたしは決まって例の「な、」も同時に思い出し、そうなると、簡単にクジへの興味も次第に消滅していくのだった。

 

 また、いくつかの教訓も残した。それはわたしたちが幼少期を過ごした家の、押し入れの奥のベニヤ板に、実際に張ってあった。親父はその張り紙をときどき剥がし、おもむろに墨をすり太い筆で新たに書き加えていたものだ。

 そこに連なっていたほどんどの教訓を思い出すことはできないが、いくつかは憶えているものもある。

たとえば

  • 金は貸しても借りるな
  • 人を欺すなら欺されろ
  • 欺されてもわめくなかれ
  • シメサバには気をつけろ

 こんなようなことがひどく達筆で右肩上がりのクセの強い書体で書かれていた。もっともらしいことを書いているようにもおもえるが、結果を知るわたしからしてみれば、やはりこれは訓示なんてものではなく、自身への自戒に過ぎなかったのだと改めて感じている。なぜなら人様を騙すことや金をむしり取るは親父の専売特許であったからだ。

 ただし、年々めっきり生ものに弱くなったわたしの貧弱な胃腸にとっては、最後の教訓だけはいささか響くようだ。シメサバにはじゅうぶん気をつけるとよう。

 

 やはり親父のような人格を身近で目の当たりにしてきた身からしてみれば、彼の人生そのものがもっとも痛烈なまでに響いた教訓だったことに変わりはない。

 おもえばわたしの骨組みのある部分は、奇しくも、この訓示の言葉の意味をしっかり正統な意味で活用し、それを主軸に成してきたような気も、しないでもない。そう、子供は勝手に学ぶもの。

 

 つまりはそれが親父なりの教育だったのだろうなとは、薄く感じている。そして、そういう暮らしを通じてわたしが学んだことがなんだったのかと問われれば、それは“世渡り”という言葉につきるのかもしれない。

 

 愚か者のわたしが、いまはなんとか他人に迷惑をかけずに暮らしていけるのは、悪しき見本を身近に感じて育ったからに他ならない。

 わたしはその世渡りの技術をまっとうに活かし、まっとうな職業に就くことができた。すくなくとも、予定調和の三角くじにわざわざ集団でイチャモンをつけるような動画をネットにアップして、得意げな顔を晒すような、野暮ったく抜けた人種にならずに済んだことには、感謝しなくてはならないだろう。

 

 だが、いくら無頼者がはびこった時代とはいえ、親父のような人間が世間に許されやしないことはよくわかる。

 呑む打つ買うにおまけに暴力。よそに女をつくる子どもをつくる親類から金をくすねる、最終的には身を持ち崩す。多かれ少なかれざらっと考えられる人非人としての愚行のほとんどをコンプリートした人間が、世間様から批難されない道理など、いつの世でもあってはならない。

 

 ところが彼はクズだったけれど、いかなる場合も妙にフェアなところはあった。ケチでもなければ狡猾でもなかったし、貧乏人にも弱者にも比較的に優しかったし、なによりそういう感情には微塵も打算的なものは感じられず、獣のように自然に振る舞う姿を、魅力的に感じて、慕うひとも少なくはなかったようだ。

 

 また、どうしてあんなにも頑強な体躯の男から、わたしのようなひょろひょろで繊細な心をもった(!)人間が生成されたのか、時々不思議におもう。けれど、いまのところ酒が好きな所以外で、そこまでは悪しき遺伝子を受け継いでいないようなので、そこは深く考えないで置いている。

 

 それから親父は、思想を押しつけるような言葉はひとつも吐かなかったし、団体にすがりついて誇示しようとする姿勢もまったくなかった。一部の宗教団体にはなんとなく嫌悪感を示してはいたが、ほっとけばいい、とだけ、わたしに助言するに留めていた。

 

 あるいは彼は、生粋のアナーキストだったのかもしれない。柔らかく言えばだがアナーキストが柔らかく言えばだって?!)。彼からは政治的、あるいは民族的思想をひとつも感じ取ることはなかった。

 まあたしかに、学生紛争の時代には反体制側に回らずに、愚連隊として、○○団体から金を受け取り学生を殴り飛ばす側にいたそうだが、それはただお金が欲しかったからほかならず、右も左も関係なく殴り飛ばしていたらしいし、○○組の葬式に参加するために幹部襲名ビデオでそれぞれの関係性を学習するつまらなそうな親父のその姿は、思想もへったくれも無く、ただ縦割り社会をその場しのぎにやり過ごそうとする勤め人そのものだった。

 

 ともあれ、親父のクズエピソードは山ほどある。良くも悪くも。いや、悪くも悪くも悪くも悪くも・・・。

 百あるエピソードのなかのひとつのそう悪くもない話でさえ、いまにしておもえばギリギリどころか完全にアウトな悪行が含まれてしまっているのだからしかたがない。

 

 たとえばわたしは小学校低学年まで、渋滞を知らなかった。渋滞に巻き込まれると親父が逆走をするからだ。逆車線を走り、何食わぬ顔で先頭近くに割り込むのだ。なにかしらの行列にしてもそうだ。

 やがてわたしはそれがいけないことだと知り、ひどく恥じたこともあったが、親父はそんなことは気にしなかった。いつもの文字通り柄の悪い解禁シャツと短パンに真っ黒なサングラスにサンダル履きで、社会のルールやマナーなんてまるっきり無視ときたものだ。

 

 こんなエピソードは山ほどある。だがこんなことばかり書いていたら、おまえもどうせ同類なんだろうという声が聞こえてくるのでもう止めるとしよう。

 しかし、もし親父のようなヤツが現代社会に存在すれば、直ちに動画にでも撮られて世間に袋だたきにされて、おまけにわたしまで社会的に抹殺されそうだ。まあおそらく本人はそんなこと気にしないだろうが。

 それに、そういう時代だったし、ほんとうのことなのだもの、仕方がない。だれも過去を否定できやしない。 ひとつだけ残念なのが、当の親父が未だ過去の遺物でもないのだから、困ったものだが。

 

 (あくまで創作ということで)  

 

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拝啓 親父殿。

 どうやらネットの世界は冥界らしいからここに書く。

 

 はっきりいってあんたはいまの社会には、あまりにも不適合だ。

 残念ながらあんたのような人間が許される隙間は少しもないらしい。

 

 そうはいっても、おれからしてみればあんたがいろいろなひとに迷惑をかけたことも、それからふわっと消えたことも、別に気にしちゃいないんだ。

 あんたの性格からしてみたら、それでもずいぶん耐えたほうだとおもうよ。そうだろ?

 

 けど、お袋や兄貴やじいさまや、どこかの不幸な女の人もその乳飲み子も、あんたのしてきた仕打ちを、たぶん許しちゃくれないぜ。それは十分肝に銘じておきなよ。

 それから、そういうひとたちが許さないというならば、おれもその考えに従うよ。まあそこはわかってくれ。それから気にしないでくれ。

 

 知ってるか、あんたのせいで絶縁関係だった親戚とも、近頃は会ったりもするんだよ。まあ葬式だとかそういう場所ばっかりだけどもさ。

 「次はうちの親父の葬式であってくれ、」

 葬儀のあとは兄貴が決まってそう言うよ。

 それからみんなでうなずき合って、笑ってるよ。わかるだろ、そういう気持ちも。

 おれだって多少はそうおもうよ。

 

 だってそうだろ。散々ひとに迷惑をかけてきて、自分のルールでずいずい進んでいって、消えて。かとおもえば、酒と夜遊びがたたって不具者になって。けっきょく行くところもなくなって、兄貴の所に転がり込んで。

 まあ、まったく関与しないおれがいうのもなんだけどさ。兄貴のことを思うと、早くくたばりゃいいのになって、本当にそうおもうよ。

 

 それにさ、はじめに言ったけど、もうこの社会にあんたのような人間が許される隙間なんて、本当にないんだよ。

 いまじゃ世間はさ、どんな些細なルール違反も決して見逃さないようだし、弱いものを助ける義務なんて無いだとさ。

 しってるか?近頃は怪我した小鳥を助けたひとでさえ、法律違反と指さされるものらしいんだぜ。ラジオでいってたよ。

 つまりさ、みんな説明書ばっかり読んでるんだよ。説明書がすべてで、書かれていないことにケチをつけて、 おまけに改変されていくスピードが並大抵のもんじゃないとくる。

 

 そんな世の中、ムリだろ?親父は。説明書なんて読んだこともないだろ?

 それにさ、自分のことは自分で責任もてっていったのはあんただろ?だったらあんたの火花みたいな人生が、終わりにさしかかった今、潔く消えることもできないだなんて、あんた、それがふさわしいだなんて、おもってやしないはずだろ?

 

 だったら、なまじ身体が丈夫だったからだとか、憎まれっ子世に憚るみたいなことを、地でいってないでさ、降りなよ。すっぱりと。潔くくたばったらどうなんだって、おれだっておもうよ。あんたのためをおもってさ。

 

 そりゃ、くたばれだなんて、言葉も悪いよ。

 それでみんなでわらいあってるってのも、だいぶ悪趣味だとおもうよ。

 でもさ、みんな善良だよ。まっとうに働いて、まっとうに生きて、必死なんだよ。まっとうな人間がさ、怪物みたいに食い散らかした男の面倒をいつまでもみているなんてさ、それはあまりにもフェアじゃないだろ?

 

 くたばれくらい、言わせてやりなよ。まあ、あんたのことだから、そんな他人様の言葉も感情も、少しも気にしちゃいないだろうけどね。

 

 ま、とにかく、そういうことだ。

 ホント言うとさ、おれはあんたに言いたいことなんて、別になんにもないんだ。

 だからさ、まあ、おれのことは気にせずに、潔くしてくれよな。

 兄貴とかみんなのためにもさ、最後くらいは。

 いつでもあんたらしく。前のめりにさ。

 

 じゃ!

 そういうことで。

 もうはなすことはないだろう。

 さらばだオヤジ!

  来世で逢おう!