ナマケモノの飛行訓練

記憶のすべてがかすんでみえる。うろ覚えでつづるひこうくんれん。

吹け

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春は知っている。あるいは呆れ果てている。

すぐにやってくるもの、目を覚ますもの、終わるもの、続くもの。命の横溢と重い緞帳。無限に繰り返すありきたりの営みに。

 

昇りの国道16号線。風は急にぬるくなる。だがまだ陽は背に気づかずに落ちる。幻滅する電気仕掛けの街を黒くはしる湿る血管。霞むランドマークの赤い目玉。地上に降りたスモッグが弓弦のように張り詰め、たわみ、紫色の膜を張る。

 

薄明かりとばりに集う密めき声。川沿いから来る濁り淀んだ外気に触発されなお色濃くなる卑下た話題と色欲の溜め息。湿気った空気に淀む絆創膏を貼ったような顔と顔、人いきれの重息苦しさ、のしかかる逆らいきれない性。飛び出したはいいが足並みさえ揃わず、靴音は煩く、群衆こそ退屈の極みと知れ。跳ねれば舞い上がり下を向く、振り向けば濁った川面にたゆたう、踏みつけられる青くさい情動。換気扇からただようアルコールと肉の焼け焦げる匂い。愛想笑いも怠る客引き。電気を帯びる汚れた低いトタン屋根。タールで固まった銀のダクト。ありがとうさようならばんざいまたあうひまで。気安い若者笑い声。無理やりな笑顔と悲鳴に近いがなり声。通りを行く少女たちに、同世代のノラ犬に、他人に向け放たれる。そうだ、そのままついて行け、必死に喰らいついて行けばいい。

 

消えゆく万の意思無き運動。埃と陽に焼けちぢれた体毛絡まり、錆びついた鉄塔のもと留まり続け、誰も知ること無く黙る種子。浮遊するざらつく大気にノイズを走らせ、ミクロの旅路の果ての果て、人に獣に取り憑く胞子。うち捨てられた玉葱の、はち切れ腐った栄養の、収束された先端の、青々と光る新芽の突端。真言宗の念仏の朝、伐採された太くたくましいその切り株の足下に、新しいお前は静かに萌える。黄ばんで千切れた木蓮の、つむじ風巻かれる花びらと、ビニール袋と吸い殻と、盛り上がり、波打つコンクリートひび割れの、赤茶けたウロの奥の奥、電信柱と自販機の隙間、吹きだまったチリ屑、薄暗闇にしゃがみ込み、乾いて落ちた名もなき塊。

 

そして、強く風よ吹け。

低気圧を呼び込み、狂い、踊り、浮かれ、千切れ、分かれ、スローモーションでガードレールを越えていけ。無数の運動と燃焼を繋いで、ひとつの羅漢となれ。死骸を苗床に、獣の糞を栄養に、透明な繊毛を伸ばし、硬い殻を破り、血を流すもの、流しているものたちの血管と、動脈と同じに、進み、這い、浸食し、雨に溶け、何も持たずに誰にも媚びず、海の向こうを越えていけ。約2掛ける1ミリの楕円形、その欠けた片口よ、渦を巻いて舞い上がれ。押し出し飛び回り走り浮き上がり、命のその先の、死のその先の、命に向かって。その次に向かって。すべての風景を消し去るほどに狂い咲け。

 

そして落ちてゆけ。

願わくばこのまま、次の終わりのその次まで。