ナマケモノの飛行訓練

記憶のすべてがかすんでみえる。うろ覚えでつづるひこうくんれん。

ターボ

f:id:flightsloth:20180228203658j:plain  (なんならはじめてくらいにパソコンで描いた絵。自戒を込めて今晒す)


 春を告げる嵐の朝にわたしは産まれた。女の子だったら「嵐子」。そう名付けるつもりだらしい。子どもの頃、親父にそう聞かされた。まあ嘘しかつかない親父だったので、その場でおもいついた冗談だったのかもしれないが。

 

 それから、わたしの幼馴染みはちょうどそのひと月前に産まれた。あと二日遅れの、節分の日になっていたら、「豆蔵」と名付けられるところだったと、同じくやつも親父にいわれたそうだ。

 

 つまりもしわたしが女性で、そいつが二日遅れで産まれていたら、嵐子と豆蔵の幼馴染みだったということになる。

 運命とはわからないものだ、なんて、感慨にふけることすらばかばかしいほどのチープなエピソード。ランコとマメゾウなんて。たとえあだち充的ラブコメ要素でブーストしても、どうにも名前が締まらない。

 

 それでも当時のわたしたちはそのことを引き合いにだしてよく嗤いあっていたものだ。思春期の性欲猿だったころには、「おれが女だったらいっかいヤラせてやるよ」とわたしが言い、「いや、でもおまえが女だったらめちゃくちゃブスだから」とやつは言い、「ばかいうな、おれが女だったらめちゃくちゃカワイイだろ」などという、不毛な会話を繰り返していたものだ。

 

 カワイイ女の子のわたしとマメゾウとの妄想はどうでもいいが、ともかくやはり運命というものは奇妙なものだ。わたしの親父はひとを殴り飛ばすようにして人生を切り開いてきたので、・・いや言葉ほど悪い意味でもないが(なんじゃそりゃ、だがこれほどしっくりくる言葉は他にみつからない)。ともかくそういうひとだったので、わたしはその乱暴な血を受け継いでいるのではないかと、ときどき戦々恐々とするときがある。

 

 多角的宇宙をおもえば、わたしは女性として産まれ、親父の暴力性に危惧することもなく、あるいは親父も同じように小さな女の子を育てる穏やかな父親として、いまのような未来ではなかったのかもしれず、同時に相反して心の弱かった母親にも、わたしと父親はもっと優しくできたのではないだろうか。たしかにそういう夢想にふけることも、なかったわけでもない。

 

 けれど、ほんとうのことをいえば、わたしはそんなことは望んではいないし、ましてや感傷的になったりもしない。少なくともいまのわたし以外の何者になることも望んじゃいない。たとえその存在が誰かを不幸にしていたとしてもだ。

 

 そもそも超がつくほどの楽天家のわたしがそんなことで過去をくよくよするわけもないし、そこまで優しくも無い。

 そんなものはただそこにあるSF的な無限の可能性として、夢想にふけるのみだ。ただこうして生を受けて、ふわりと存在するからには、精一杯やるだけやるまでだ。

 

 だが正直に話せば、確かにそういう時期は確かにあったのだ。わたしがわたしとして生を受けたがための孤独な時間。苦しみ患いつねに頭を悩ませ、傷つきいじけた日々。それはたしかにあったのだ。過去はただ過ぎ去るが決して幻ではない。

 そしてそれは、きっと誰にでも当て嵌まられることなのだ。ひととの違いに戸惑いひとと同じことを嫌い、真実の広がりに愕然し、ひたすら感じる閉塞感と鬱屈の日々。つまりそれが青春時代というものなのだろう。

 

 しかしご心配召されるな。どの時代にも救いというものはある。どんなクズにも希望はみえる。景色、色、匂い、音。どこにだったあったし、その気になればどこでだって楽しめた。ようは気の持ちようだ。ゴミ捨て場だって見方を変えれば美しい景色に変わる。錆びた鉄塔もみやびにみえる。ぼろきれで眠る夜も、空は満点に輝いている。

 

 そうだわたしは音楽を聴いていたのだった。同じ時代の哀しみをすべて代弁し、それらを反射してくれる音楽を。かのじょと別れたあの晩も、孤独というものがどういうものかを知り、凍えるように眠ったあの晩も。

 そしてあの晩も、あの晩も。数々の曲がわたしを癒やし。様々な音色がわたしを眠らせてくれた。そうだわたしは音楽を聴いていたのだった。

 

 だがわたしは大人になって、音楽をほとんど聴かなくなった。理由はわかっている。センチメンタル過ぎるのだ。わたしが聴いていたもののほとんどが。あの頃のことを思い出すには、わたしにはあまりに響きすぎるのだ。

 それは今のわたしを形成させるいわば根っこの一部のようなものだが、それはわたしのあらゆる孤独を吸収して、深く潜っていってしまった。

 だからわたしにとって、あの頃の音楽を聴くということは、深海に潜るようなものだ。聴くにはそれなりの装備がいる。

 

 この度、ブログを通じて知り合ったNagiさんというかたが、わたしのすきな洋楽のリクエストに答えてくれ、翻訳してくれる運びとなった。氏はすごい熱量をもってうたの歌詞を翻訳しているひとだ。

 そしてどうやらNagiさんの翻訳のテーマには、「青春時代と決着をつける」というものが根底にあるらしい。

 

 だからというわけでもないが、わたしはすこし迷い、わたし自身の青春時代を象徴する曲をリクエストした。それからわたしは数日のあいだ、潜水具を着込んで眠り、氏の翻訳が更新されるのを待っていた。

 

nagi1995.hatenablog.com
 (Nagiさんの文章はつねになにかと戦っているようだ。そこからすごい熱量と覚悟を感じるにもかかわらず、信念と知識は理路整然ときれいに並べられてしている。ほんきで歌の翻訳に取り組んでいるひとです。よければすぐに飛んでいってください。)

 

 ダイナソーjr。それは失われた90年代。永遠の黎明期。化石になった恐竜たち。ロックンロールという恐竜たちの子ども。わたしの時代。

 それは孤独を埋める音。ひとりの夜に必ず聴いて寝たアルバム。その最後の曲ボーナストラック。代わりに泣いてくれるギター。こっちに来てといってくれるJ.マスシス。そうだったわたしはひとりじゃないんだ。

 

 そしてともかく、わたしはそこになんらかの青春たちの決着をみた。あれからすいぶん歳をとった。吐き気がするほどのひどい肩こり。寒さにめっきり弱った身体。暗闇のなか手探り。周りを見わたせば明日は我が身の綱渡り。あいかわらず明確な答えはみえないし、お金も、健康も、行く先も、心配事ばかりである。

 だがまだまだ、まだまだよ。ここから。ここから。

 虚勢を張れよ。ビビるなよ。

 

 ポンコツにむち打って見えない何かにむかうのだ。見つけた光は見逃すな。夜明けは毎日やってくる。予感はいつでも無音のままで、まわり続ける高速回転。スロットルはあけておけ。ぶっとばされた反動で飛んでいけ。ロープを使って反対側へ飛べ。ラリアットで一回転でもギリギリオーケー。燃料はまだ残ってる。ターボの準備はいつでもオーケー。「行け!」のレバーに手をそえろ。

 さぁ、何回だってやり直せ。敗者復活戦のはじまりだ。

 

 もうすぐ、この街にも春の嵐はやってくるそうです。

 わたしはぬるい風吹く日にうまれた。

 

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nagi1995.hatenadiary.com

 

 というわけで(どういうわけで)、わたしことナマけものは、今井町公民館に加入いたしました。こちらにもたまに文章を書かせていただくので、よければのぞいていってください。すごい愉快なひとたちばかりがたくさんいます。

 

 それに、公民館は開かれた場所らしいです。

 

 興味があるかたは恥ずかしがらずにご参加ください。別になにかしらに取り組んでいるひととかでなくてもダイジョウブだと思います(たぶん)。

 なんだかみんなで繋がるのって楽しいものだと実感しております。

 コメントを残すだけで、もしかしたら何かが変わってくるかもしれません。

 

 泳げなくても飛び込めるように。

 この世界をぜんぶ笑って。

 

turbo

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