ナマケモノの飛行訓練

記憶のすべてがかすんでみえる。うろ覚えでつづるひこうくんれん。

書くこと語ること関わること。エピソード1

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 チューバッカとR2D2とイウォーク族のウィケットとわたしで、楽しく話をしている夢をみた。けれど次第にみんなのことばが全然わからなくなっていった。
 すごく悲しかったので、なんで?と訊いたら、R2が「きみはきみの世界の言葉をもっと本気で取り組まなくてはいけないよ、」とかろうじてポロピロと聞き取れる声でいった。おもえばあれがわたしの初夢だったのかもしれない。

 

 なんでこんな夢をみたのかというと、それなりの理由がある。わたしなりに。まずは最近になってようやくスターウォーズの新作を観たということが先立つ。それから仕事がひまだったので、沢山のひとのブログを読みあさっていことも起因する。

 

 それから数日前、友だちとゲームをしているときに、すごい挑発してくる外国人がいた。友だちも負けずに煽り返した。彼はゲームも巧ければ煽るのもうまかった。

 それでわたしはなんだか緊張してしまったのだけれど、これで負けるのも悔しかったので、そのぶんいつになく真剣にがんばってプレイしたら、なんとか勝つことができた。

 すると外人はメッセージで、F××k!!といい、チョメチョメペラペラとすごい勢いで捲したててきた。わたしたちは、英語わからないのに英語で話すなと笑っていた。でも挑発されたからこそずいぶん熱くなれたし、そのぶんある意味エキサイトできたし、勝てたし楽しかったねと言い合った。

 

 ともかくスターウォーズは小さい頃から大好きだ。だから「フォースの覚醒」の上映が決まったあたりから、わたしはシリーズを知らない彼女にもそのサーガを共有できるようにと、自分の予習をかねて、過去作品を一緒にちょくちょく観ているうちに、彼女もすっかりスターウォーズシリーズの虜になった。

 

 ゲームの友だちとオンラインでプレイしていると、たまによくわからない挑発をするひとがいる。けれど、ごくたまになので、逆に、すごい煽られたり煽ったりするマッチは、なんだかんだで異常に燃えあがる戦いになるねと、笑いあっている。あんまりそういう戦いばかりだと心もギスギスやさぐれるけどね。と。

 

 彼女の目線はどうやらわたしとは違っていた。彼女はR2D2とかジャージャービンクスとかイウォーク族などの弱いけれどカワイイ存在にとても愛着をもった。
 わたしはどうしてもハン・ソロやオビ・ワンなどのカッコよくて強いキャラクターが好きになってしまう。だから強くてカワイイ、チューバッカが最強だとおもっている。

 

 今月は仕事がひまなので、いろいろなひとのブログを過去から辿って読んでいた。読んだひとたちの、それぞれのポテンシャルの高さについ夢中になって、半日ぐらいずっと読んでいたりする。仕事しているふりをして。

 

 今では習慣のようにプレイしている対戦ゲーム。やはり勝つことにはそこまで執着できない。目的のほとんどはそこにいる友だちとお喋りするために時間は使われる。それでもたまには熱くなる。相手を打ち負かすためだけに連携をとり、必殺技を繰り出すタイミングを計る。負ければもちろん悔しいし、負け惜しみのひとつもぼやく。

 

 スターウォーズのどこがいいのか訊かれると、ビームと答える。ためらわず。結局ビームが好きなのだ。ピンピンチュンチュン飛び交う光、ブゥゥゥンと不気味な音を立て、ギョンギョンつばぜり合いをするライトセーバー

 

 心底笑えることを書いている面白いひとや、ひたすら明るい人柄で元気をくれるひとや、細やかなところをさらに細分化して丁寧に分析しているひとがいる。なかにはあれよあれよと次々に違う才能や魅力が飛び出してくるひともいる。

 そういうひとたちの過去から痕跡を辿っていくと、書くことに何らかの覚悟を感じるし、一貫したテーマのもと更新を続けていることがわかる。

 

 あの頃の、今までがほとんど無くなって、暇になって、それでなんとなく始めてみたオンラインゲーム。はじめて挑んだ対戦モードでは散々負け、やっぱり対人戦は難しいなと痛感していると、メールが届く。いまさっき対戦したプレーヤーからのメール。500文字くらいの長文で、びっしりと、対戦ゲームでうまく立ち回る方法やルールやマナーが綴ってある。なんだこれ怖いな、ガチじゃんゲームなのに。わたしはそっと電源を消す。

 

 数あるブログのなかには必要にかられて文章を書いているひともいる。力強く発信し続けるひとがいる。いまにも消え去りそうなひとがいる。または何らかの病気や障害と戦っているひともいる。それでもひとを元気づけたり、貧しい国や被災地や虐げられた人々に気を配っているすごいひともいる。

 

 ビームならばなんでもいいのかといわれれば、否定はできない。ドラゴンボールでもゴジラでも、結局はものすごい閃光やパワーがみたいのだ。破壊の衝動。たとえばパシフィックリムのどこがいいのか訊かれれば、ロボットが大型タンカーでカイジュウをぶっ叩くところが好きと答える。

 

 かつてわたしはゲームの友だちが沢山いた。数十人の友だちと毎日二、三のタイトルで交互に遊んだりしていた。年下から同世代まで。お喋りなひとや無口なひとや引きこもっているひともいた。だがゲームの友だちはそのタイトルが終わるか飽きるかすると、たいていは離れていくものだ。そうなるとみんなで次のタイトルに移るときもあるが、なかなかうまくはいかない。最終的には仲良しだけが残る。結局学校のクラスと同じ。仲良くなるヤツもいれば、消えていくヤツもいる。みんなさようならもいわずに去っていく。

 

 彼女のスターウォーズの見方はある意味正しいのかもしれない。つまり小さき者や弱き者ものたちが、勇気を出したり活躍したりする物語としてのスターウォーズ

 物語には意味がある。ひとがなぜ現実とは違う空想世界を想像するのか。どういう意味が込められているのか。それが現実世界にどういう作用を及ぼすのか。読み解くのはきっと人それぞれだ。

 

  弱いひと傷ついているひと寂しい人。言葉の端々に何らかの信号が隠されているのではないだろうかと思うときがある。救難信号。本気の声。わたしは言葉を探す。それに応えられる声を探してみる。このひとたちが次に更新する保証はないぞ。もうこれで消え去ってしまうかもしれないぞ。だがそれは探せばさがすほど、見つからない。それからわたしはふと気づく。わたしが読んでいるのはもうすでに過去のもの。これは過ぎ去った感情たちなのだ。

 

 500文字の長文で攻略法を送りつけてきたひとは、本気だったのかもしれない。本気でゲームに全てを賭けていたのかも知れない。正直いってわたしはその当時、ただただ気持ち悪いなと思った。たかがゲームだろうがと思った。

 だが別の可能性だってあった。そのひとと友だちになる可能性だってあった。ありがとうと返信して、一緒にゲームしましょう教えてください、そういって歩み寄る選択肢だってあったのだ。

 

 小さきものたちが勇気を出す。それこそが物語の本懐なのかもしれない。わかっている。いくら格好良くても強くても、光だ闇だ悪だ正義だといっても。世界はそんなふうにシンプルに割れやしない。心に巣くった闇も悪意も、都合のいい光の剣なんかで、切り伏せることなんてできやしない。

 

 自分はずっとここにいる、そういって同じタイトルに留まり続けたひとがいた。はじめは見かければ一緒に遊ぶこともあったけれど、少しずつその世界の人口は減り、最終的には本当に彼だけしか見なくなった。それでも彼はそこに留まり続けた。何ヶ月、ついには何年も経ち、ハードすらも変わってしまった今。彼はどこにいるのだろう。

 

 わたしは本気でなかった。だから本気で本気のひとと関わることが億劫だった。本気になることもその瞬間も、すごく貴重で勇気がいることなのに。いつでもその瞬間には、なにもせずにただ見逃すばかりだ。

 

 けっきょく男子なんだよね。いつまでたっても男子。

 護るべきひととか、弱いひとに気をもんでるふりしてさ、もっともらしく感傷的な言葉を垂れ流してさ。

 優しさとか気配りとかモラリティだとか、そういうのしっかりしてますみたいな小綺麗な身なりしてさ。戦争はよくないだとか、差別はいけないだとかいって、スジいっぽん通してますみたいなツラしてさ。

 なに?それで?ビームが好きって。いったいなんなの。勝ったの負けただの。むこうが先に挑発してきただの、売られたケンカだの。しらないよ。楽しきゃいいんでしょ。けっきょく。ずっと変わってないよまったく。子どもなんだよ。ずっと終わんないことばっか望んでさ。夢ではあんなに仲良しだったウィケットとチューイがわたしを責める。

 ファンタジーだのSFだのゲームだの。けっきょく逃げたいだけじゃんか。いつだって本気にならずいつまでもモラトリアムにしがみついて、偉そうに。いっぱし気取って。結局は及び腰。あんた人生にたいしてはいつもそうじゃんか。すこしは真面目に行きなさいよ。ちょっとは本気で生きてみなさいよ。ピロピロポロポロとR2がそう話す。

 

 お酒をください呑ませてください。できればラムかテキーラを。喉と頭が焼き付くような、すぐに眠りにつけるような。なるたけ強い、お酒をください。

 

 

 お気づきかと存じ上げますがエピ—ソード2はありません。