ナマケモノの飛行訓練

記憶のすべてがかすんでみえる。うろ覚えでつづるひこうくんれん。

さらに加速、記憶は逆再生するルサンチマン

 

ー前回までのあらすじ

仕事の忙しさに妄想に逃げ込んだナマケモノ。カムパネルラに導かれて危うく銀河鉄道に乗せられそうになるも、そこで作業は中断。だが次の日もその次の日も続く単純作業の徒労からついに悟りを開いたつもりが「魔境落ち」寸前の状態に陥る。すんでの所で過去の幻影を振り払い、ふたたび妄想の世界に逃げ込み、黙々と作業を続けるのだった。

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 印刷所でのシュリンク作業は序の口だった。それから本格的に六千冊以上の本の束の封入および発送作業が待っていた。到底納期には間に合いそうもない。自営をやっている彼女のスケジュールも消してもらい、無限単純作業を手伝ってもらうことになる。

 

 社長が封筒に入れ、彼女がテープで留め、わたしが宛名を貼る。社長が封筒に入れ、彼女がテープで留め、わたしが宛名を貼る。社長が封筒に入れ、彼女がテープで留め、わたしが宛名を貼る。社長が封筒に入れ、彼女がテープで留め、わたしが宛名を貼る。×6000回。五百ページの本が重たい。しだいに握力もなくなってくる。

 

 さらにその合間に、止めていた本業をこなす。作業螺旋から外れるタイミングがなかなか難しい。いざパソコンに向かいマウスを握るも、頭の切り替えが巧くできない。肉体労働のあとの繊細な仕事。指がもつれる。コマンドを間違える。ベジェ曲線がキレイに引けない。ろくにアイデアも浮かばない。だがあまり考えているひまもない。早々にわたしは螺旋へ戻らなくてはならない。

 

 とはいえ所詮、事務所での内職仕事。わたしたちにはiTunesがある。ラジオも聞ける。これがかなり励みになる。

 いってしまうと、わたしは音楽がそれほど詳しくはない。パソコンにはいっている曲目もそのほとんどが音楽好きの友人たちに借りたものだ。良いなと思ったアルバムが無差別に入っている。どれも古い曲ばかりが三千曲くらい。

 だから、シャッフルで聴いていると、たまに酷いことになる。クラシックの後に激しめのメタルがかかったりする。それはそれで神がかったセレクションだったりもするが、少し前に極端に騒がしい音楽ははずしてしまった。

 

 ロックパンクメタルジャズポップスレゲエソウルヒップホップファンクテクノクラシックハウスブルース。連日夜更けまでの作業で疲れた身体には何が効くだろう。まだまだ続く仕事には、なにを聴けば癒やされるだろう。お願いDJ.iTunes

 

 まずはじめにアイズレー・ブラザース、次にザ・バンド、それからマディ・ウォーターズ。まったく申し分ない選曲。ギターは秀逸。まるで泥と埃と風の鳴る音。出だしがいいと少しばかり心配になる。わたしの専属DJはそんなに優秀ではないはずだ。

  それからマルーン5TLCゴリラズエリカ・バドゥヴァネッサ・パラディブンブンサテライツHIFANA。どれも懐かしいひと昔まえのアルバム。ふだん仕事中はラジオばかりで、今はほとんど音楽を聴いてない。

 「洋楽ばっかだね」洋楽をほとんど聴かない彼女がぽつりともらす。ブンブンとHIFANAは日本人だよ、どっちもインストだけど。なんていってるそばから、ほらきたよ「globe」。ボソボソいうマークパンサーのつぶやきにつられてないで早く歌ってあげてよKeiko。

 

 いい加減疲れた、というポーズを三人で何度となく空中に投げても、それがどこにも戻ってこないことは、お互いわかりきっているので、おおむね黙々と作業を続ける。部屋は温かいし、音楽も鳴っている。贅沢はいえない。

  それじゃあ一曲お願いしようか、パティ・スミス。ちょうどくたびれてうんざりしているところだった。そのけだるさ、そのアンニュイな歌声がちょうど必要だ。ついでにボブ・ディランもお願いしたいところだ。

 

 アリシア・キーズは優等生。可も無く不可も無く、部屋中に広がる。マドンナはアメリカンパイ。いつ聴いても盛り上がるジャミロクワイ。ダイドのThank You。このタイミングで流れるとうれしくなる。ありがとう。camp。これはカーディガンズのニーナの別バンド。campってスーザン・ソンタグのキャンプから取ったのかな?反解釈。悪いけれどエミネムはスキップさせてもらう。すこしやかましい。今日はひとりで聴いているわけではないので、申し訳ない。

 あれ、こんな曲入ってたっけ?ブライアン・アダムスはイケメンアイドル的な感じが好かなかったはずだが、そうだった映画『ドンファン』を観てやられてしまったのだった。リアリー・エバー・ラブド・ア・ウーマン。思わず口ずさんでしまう。

 

 いつまでたっても作業は終わらない。めどもつかない。ボブ・マーリーのいたわるようなメロディが疲弊した身体に染みわたる。ひとつの愛に三羽の小鳥。優しい歌声を持つライオン。だいじょうぶなんにもしんぱいすることはないよ。ありがとうボブ。

  振り向くと彼女が淡々とテープを貼っている。その顔はまるで無。 いや、これはゾーンに入っている。彼女は無意識でテープを貼っている。まさに無我の境地。そう思えば背後に後光すらみえてくる。いや違うこれは魔境だ。わたしがたしなめようとすると、彼女の瞳に色が戻る。サザンオールスターズ、 UAサカナクションフリッパーズギターが彼女を魔境から救う、邦楽多めの時間がやってくる。はっぴいえんど。風を集めて。やっぱり細野晴臣が日本の音楽界の大ボスだね。勝手な批評。

 

 ヒップホップのラインナップは少ない。ア・トライブ・コールド・クエストにルーツ。ほかは入れていない。変わり種としてディズニーランドのエレクトリカルパレードまである。この曲はなんだかワクワクするし、ダフトパンクぐらいに乗れる。わたし的には。

 クラシックはラヴェルソナチネそれからボレロドヴォルザークはアメリカ。マイケル・ナイマンはピアノレッスン。スティーヴ・ライヒはまるでテクノ。アンダーワールドと合わせて聴きたい。

 

 それからミレンコリン、Nofxにビースティボーイズ。ビースティはガレージよりのパンクよりだったころのアルバム。どれもわたしたちが『kids』だった頃に流行ったバンド。これにグリーン・デイオフスプリングが加わればわたしのほぼ青年期は完成する。

 改めて聴くと、今では聴けたものでもないひどい曲目もあるが、やはり名曲もある。ここで「アートは最低10年以上寝かせないと本物が見極められない説」がわたしの頭の中で持ち上がり討論をはじめる。

 

  ザ・ホワイト・ストライプスフィオナ・アップルサブライムNujabes。誰が死んでしまって、だれがまだ生きている?これ以上聴いていると、思い出の密度が濃くて押しつぶされそうだ。

 懐かしい痛みだわ、ずっと前に忘れていた。すごいタイミングで松田聖子も歌い出す。わたしは変わった。感慨に耽る。ずいぶん変わってしまった。音楽なんて長いことじっくり聴いていなかった。

 ベック。初期のアルバム。彼の骨格にはブルースが流れている。ベックもプリンスも変化し続けたが、流れるものはいつも変わらない。時の流れを止めて、変わらない夢を見たがるものたちと戦うため。中島みゆきも歌う。変わることは悪くない。

 

 そして、そこへきてNirvana。満を持してやってくるニルヴァーナ。どうしよう。書くかここで。ニルヴァーナ。あるいはダイナソーjr。J・マスシス。語るか小一時間。

 いや、やっぱり止めとこう。好きすぎるとよろしくない。想いだけが走ってしまう。

 音楽は記憶の扉。音楽は大きなキャンバスだ。日々の単純さにうるおいを与え、つらい思い出さえも置き換えてくれる。古き良き思い出に置き換えてくれる。まるまるごっそりと、過去の自分ごと。何度だって塗り重ねて、好きな色に塗ればいい。

  

 さらに夜も更ける。腹も減り、腕のスジをやられる。彼女はとっくにさとりを開き、テープを握ると後光が差し眉間にポチッと出てくる仕様に変化し、わたしも言葉そのものが空也となって口から出てくるようになる。それから彼女の頭が大仏のようにチリチリになるまえに、なんとか仕事を終えることができる。指の切り傷。無数の軍手。ゴミ袋の束。シュプレヒコール。世情。十代の頃の匂い。涅槃。おわり。