ナマケモノの飛行訓練

記憶のすべてがかすんでみえる。うろ覚えでつづるひこうくんれん。

女性の強さについて

  連日、強さについて考えている。このまえは主に男性的な強さだったことに気がついたので、せっかくだから女性的な「強さ」について考えている。まあ本当の強さに本来性別なんて関係の無いものだろうけれど、そこは敢えて。

 

 とはいえ、男のわたしが、女性的な強さというものを肌感覚で理解できているかといえば、それは怪しい。

 それでもわたしは、様々な実体験によってそれを知っている。思い知らされているといってもいい。おそらくこれから幾度となく思い知らされることになるだろう。プライベートのことなのでここでは述べないが、性別が異なるからこそ、同性とは違う強さの質というものに、畏敬の念を抱く機会も多くなるものだ。

 

 わたしが思うに、女性に最大の弱点は、若さや美貌にばかり頼ることだと思う。社会的な立ち位置は、歴史や政治的な背景に左右される。けれど、広い意味でのパーソナリティの確立は、長い歴史のなかで培われていくものだ。それには物語が必要なのではないだろうか。あるいは神話が。

 たとえば「赤毛のアン」のような、女性の成長過程を通過儀礼的に助けるような物語がもっと沢山あれば、若さや美貌に必要などに、以上に捕らえられることもなくなるのではないだろうか。

 あるいは、女性が規範とするしっかりとした神話体系があれば、なにかを発言する度に、やれフェミニズムジェンダーだなんだと水を差されても、確たる信念のもと、よりスムーズに前へ進めるのではないだろうか。

 

 ともあれ、わたしの拙い考察なんかでは、到底この問題に迫ることはできないだろう。では、わたしが印象に残った女性にまつわる4つの物語によって、彼女らの強さについて、少しでも近づくことはできないだろうか。

永遠のこどもたち [DVD]

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 「永遠の子供達』ジャンルとしてはホラーなのだろうけれど、ストーリーの裏側には母親の愛情がテーマになっている印象。どんでん返し的なオチに関心が寄せられがちだが、個人的には偉大なる母性が母性を超える物語という感想。ある意味ひとりの女性が聖母になる過程を描いた、神話にも似た物語とも取れる。
 女性の強さを考えると、子どもに対する愛情の在り方がまず思い浮かぶ。けれど、今わたしが関心のあることは、パーソナリティとしての女性の強さだから、子どもや繁栄や出産といった話題は、いまは除外して考えたい。

 

女はみんな生きている [DVD]

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 『女はみんな生きている』こちらの映画はタイトルどおりわかりやすい。彼女たちの逞しい生き様は、一度観ただけで何年もトゲのようにどこかに残る。破壊を得意とする男に対して、女性がいかにして護ることに特化している性別だということを思い知らされる物語。護ることを安易に暴力へと転嫁しがちな男とは違う、機知に富んだ、したたかなまでの女の機転を見せつけられる。その智惠と勇気はアーサー王物語の「ガヴェインの結婚」を連想させる。

 

アフリカの日々 (ディネーセン・コレクション 1)

アフリカの日々 (ディネーセン・コレクション 1)

 

 『アフリカの日々』とにかく美しい描写で、鮮やかなアフリカへと連れていってくれる。 文体からも実体験に即した物語からも女性の静かな強さが伝わってくる。特に、作者本人にとって最も綴るべきドラマを、あえて書かないことによって、記憶の彼方にある美しい想い出として、この小説全体に閉じ込めている。悲しみや郷愁に終わらせない作者の強い意志が物語を傑作以上の傑作に仕上げている。

 ずいぶん前に友人のDJに聞いた話。死の病を患ったミニー・リパートンは、「もうブルースは歌わないの、悲しいことはもう充分。」そういったそうだ。本当のことかどうかは知らないが、それを想い、聞く「Lovin'you」は、物悲しくもなお優しい。彼女も正真正銘のディーバに違いない。

 

ゲド戦記 2 こわれた腕環 (ソフトカバー版)

ゲド戦記 2 こわれた腕環 (ソフトカバー版)

 

 『ゲド戦記こわれた腕環』ファンタジーの形式をとっているが、というよりもむしろファンタジーだからこそ沁みる隠喩に満ちた物語。女性の神話としての物語には最もうってつけだと思う。わたしとしては、何よりも先に読んで欲しい。1を読まずに2からでも充分楽しめる。そう勧めても、いまだ読んでくれた女性はひとりもいないのが寂しいところ。

 役割、しきたり、狡猾さ、嫌悪、噂、性への目覚め、秘密、無知、思考停止。女性(男性でもだが)にとっての繊細なテーマが全て織り込まれている。それらとの関係性のなかで時には戦い、時には逃げだし、上手く折り合いをつけていく少女の成長過程を描いた物語は、読み手をも成長させてくれる力をもつ。ル・グウィンはいつでもそう。彼女の物語にはいつも深い意味がある。それがわたしに生き抜く力をくれる。

 

 女性の強さを考えると嘯いてはみたが、4つの物語を紹介したにすぎない。わたしにとって結局は、女というやつはいつでも曖昧模糊としていて、掴みどころはない。

 それでも、この優れた4つの物語を含める様々な彼女らの神話を通して、その「強さ」の根源に、確かに触れた経験を持っている。

 そもそもわたしにとって、とりもなおさず女性はみんな強い。わかろうとすれば頭は混乱し、わからないままでいると何かがわかる。冷やせば熱し、熱せれば冷え、抱き寄せてみると暖かい。

 押しても引いても岩のように堅く、仕方がなしに放っておけば、忘れた頃にそっと撫でてくれる。その手はいつもやわらかい。弱いかと思えばその部分が最も強い。いつまでたっても謎は謎のままだ。

 言葉では説明できないイメージでの強さ。口にする度に逃げてゆく。まるで生と死が同じテーブルでお茶を飲んでいるような不思議な強さ。

 それはまさにわたしにとって幻想であり、絹でできたナイフであり、銀河の彼方で咲く一輪の花であり、午後に差し込んだ木漏れ日でもある。そしてそれは言葉であり、ドラゴンであり、つまりは女であり、強さでもある。