ナマケモノの飛行訓練

記憶のすべてがかすんでみえる。うろ覚えでつづるひこうくんれん。

弱いことを強く主張したがる弱さ

 

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  なんだかよくわからないが、こういう問題もあらゆる方向の意見が交わされているのだなぁと関心する。

 国際男性デーという記念日が本当にあるかどうかは知らないが、わたしは男として生まれて、なにもしないのに傷ついたなんて感じたことも思ったこともない。運が良いのか、はたまた鈍感なのもしれないが、女性に不当なる差別を受けたこともない。

 ともかくこの問題は「男として生まれたからには加害性ある」といったかたの意見が差別発言だという反駁と、「なにもしていない」と自称する「善良」な男性たちに対する、自覚のなさを責め立てる意見の対立構造のようだ。

 

 どちらの意見もなんとなくわからなくもないが、差別を差別する意見も差別だというような、禅問答のような水掛け論のような、お互いがすり寄らなければ平行線を辿るだけの問題を、お互いがただ主張しあっているだけのようにも思える。

 乱暴な言葉遣いも言葉足らずな物言いも、ミスリードを招くだけで、余計なところまで混乱させている。わざとそうしているのかもしれないが。端からお互い理解しようと言葉を交わしているわけではないのかしらん。

 

 確かに「男として生まれただけで生物学的に加害性がある」という意見は、むむっ、と引っかかるところある。けれどこの国際男性デーのステッカーだかなんだかのデザインと、何も(悪いこと)していないのに、といったような主張を読んでみると、まるっきりこちらに非はなく、被害者然として、憂い顔というかもはや泣きべそをかいている男性の顔つきのほうが、なんとなく気に障る。

  わたしは性分として、何かを主張するならばちゃんとファイティングポーズで挑んでほしいというタイプなので、泣き顔男性よりも、「加害性がある」だなんて、間違いなく敵を作る言葉のチョイスをしてまで、強く主張するひとのほうが、あくまで姿勢としては好感をもてる。

 

 ところで「加害性がある」という意見に対して、それはとんでもない差別発言だ、という反論があるが、わたしはそうは思わない。かなり挑発的な言い回しをしているが、それとこれとは別だ。

 強いていうのならば、「男として生まれただけで(女性よりも)生物学的に加害性がある」という、括弧書きが抜けているのはいただけない。あるいはわざと抜いているのかもしれないが。

 だとしたら、反論者側の神経を逆なでしても仕方がない。だとしたら、ただ喧嘩したいだけなのだろうか。だとしたらなんだこれ。まじめに考えるほうが馬鹿なのだろうか。仲良く喧嘩してって、トムとジェリーなのかこれは。予定調和の男と女のプロレスなのかこれは。

 

 それにしても、世の男性の多くは、男性は女性よりも加害性があるということを本当に自覚していないのだろうか。そもそもなぜ加害性があることを認めたくないのだろうか。生き物はすべからく加害性があるではないか。加害性はあるがそれを何食わぬ顔で制御するのが男性のカッコつけどころでもあるだろうに。

 さらにいえば、世の男性は、それほどまでに女性に虐げられているのだろうか。単純に女性が保護を求めることに、なぜ差別問題が差し込まれてくるのだろうか。女性車両がなぜそこまで気に障るのだろうか。弱い者は性別問わず無条件に守ってあげればいいのではないか。それが人類の理性というものではないのだろうか。

 

 わたしは、男性は女性よりも暴力的だと思っている。相対的に。この問題でいうならば「加害性がある」と思っている。それは過去の犯罪率をみても明らかだろうし、フィジカル的にみてもそうなのだろう。

 車道を走っていてもマナー違反や煽り運転をするやつはだいたい男性だ。力のある側が更に力を誇示する。だから男性は運転中に舌打ちするだけでも助手席の女性には恐れられる。それを理不尽だと思わずに、自覚しなければならない。自分は違うというならば議論に加わってはならない。公の場では相対的な話をしよう。主観でものをいうのは控えよう。でなければ議論にならない。

 

 なんならわたしは、戦争も世界的な取り決めによって、男性の参戦を禁止すればいいと思っている。参戦できるのは女性だけにすればいいと思っている。女性だけで戦争するならば、きっと男性よりも血は流れないような気がするからだ。

 そもそも戦争すら起こらないかもしれない。井戸端会議的なおつきあいで隣国ともうまくやれるかもしれない。たとえ戦争が起こったとしても、戦場に赴く女性をみて、世の男性連中は黙って見送れるだろうか。お国のために戦ってこいといえるのだろうか。恋人や奥さんにそんなかわいそうなことはさせられないと思うに違いない。

 そうすれば、戦争反対を叫ぶ声は今よりももっと高らかに響くだろう。まあもっとも、戦争反対を叫ぶ男たちの間で間違いなく争いは起こり、もしかしたら戦争すら起こしかねないだろうが。それほどまでに男性は暴力的だ。

 

 だが男性がいくら強いからといって、暴力的だからといって、もし弱者が強者の加害性を危惧して、排除するともなれば、それはそれで間違いだ。強者が己の強さをひけらかすのも、弱者が弱者面して意見の違うひとたちを叩くのも、同じようにグロテスクな思想だ。

 この問題のややこしい部分は、男性側が弱者の傘に入りたがり、女性側もいやいやこちらこそ弱者だと主張する。お互いが弱者だと主張するわりには、なぜだかマウンティングで優位に立とうとしている。敢えていうが、その姿勢は、男らしくもないし、かなり女々しくもある。お互いに。

  

 というか、これはなんだ。どういうケンカなんだ。男と女はいつから敵対関係になったのだろう。いったいどこで着地するのだろう。なんなら別の惑星にでも住むか。マクロスみたいに。それでみんなで歌でもうたえば仲良くなるのだろうか。