ナマケモノの飛行訓練

記憶のすべてがかすんでみえる。うろ覚えでつづるひこうくんれん。

ハロウィンやるなら、百鬼夜行もやればいいのに。

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 10月最後の週末、今年も近所の飲み屋街はハロウィンで盛り上がるのかなと思っていたら、あいにくの台風模様で流石に仮装したひとの姿は見当たらなかった。今夜は晴れそうなので挽回はあるのだろうか。それともこの国のハロウィンは雨天中止なのだろうか。

 気がつけば急に流行りだしたハロウィン。あれほど毎年楽しそうにされると、一度は仮装して飲みにでもいってみたくもなる。米軍基地の街で育ったわたしとしては、ある意味なじみ深いとはいえ、むかしからアメリカ人が勝手にはしゃいでいるイメージもあり、いまさら流行に乗るのはいささか気恥ずかしい。とはいえまあ、無条件でバカ騒ぎできる年齢でもないので参加はしないが。

 

 急ごしらえの流行だからといって責める気持ちはない。文化など本来そういうものだろう。由緒ある文化なんてものは、もとを辿れば庶民のバカ騒ぎに行き着くだろうし、そのほとんどが輸入された文化だろう。たぶんだが。

 うちの近所では夏には「ジャズで盆踊り」なんてものも近頃は開催されている。盆踊りというお馴染みのベースがあるのでわりと老若男女が偏見なく参加している様子。ハロウィンもおそらく完全モノマネの輸入文化ではなくて、これまた急に市民権を得たコスプレ文化と「カワイイ」のアレンジの効いた、この国独自の文化になってゆくのだろう。

 今夜あたり若者は街に集まるに違いない。少なくとも渋谷には。あそこはいつも騒がしい。近頃はより観光地化している。遊ぶことを常に模索している若者を縛り付けることはできない。彼らは楽しむことだけに命をかける。

 何年か前にクラブを風営法で縛り付け、踊ることすら禁じたが、カルチャーは死ななかった。遊びの天才たちはどこにでもいる。彼らは世の中がどんなことになっても常に楽しいことをみつけだす。法律や規則なんかでは縛れない。むしろ輝きは余計に増す。そうやって文化は育まれていく。

 

 ところで「カワイイ」もいいが、仮装にはもっと凝っていただきたい。キャバ嬢のような薄着のコスプレもいいがより完成度の高い仮装を見ていたい。見物人としては。願わくばハロウィンらしく西洋のモンスターで統一してほしい。

 もっといえば、せっかくの神無月、百鬼夜行でも盛り上がったらどうなのか。みんなで妖怪か八百万の神々の仮装をして、出雲大社の方角を目指したらさぞ楽しそうだ。そういうイベントはあるのだろうか。聞いたことがない。わたしに人脈と気力さえあればぜひとも企画してみたいものだが。いかんせん何もない。むしろ楽しみたいという欲望もエネルギーもない。