ナマケモノの飛行訓練

記憶のすべてがかすんでみえる。うろ覚えでつづるひこうくんれん。

長雨には蕎麦。

  雨続きの週末。静かでひまな週末。

 午後に髪を切ってもらって、それからいつもの蕎麦屋。いつものように板わさと日本酒を二合、十月でこの寒さ。もちろん燗で。サービスで漬け物も付けてくれる。特製のぬか漬け。それでもう二合。天蕎麦と、本日ははじめて頼むカレー蕎麦。天ぷらでもう二合。合計六号。それで蕎麦をすする。

 お顔の絶えないおばさんと、気むずかしいそう見えて実はお喋りで気さくなご主人が切り盛りしている。

 おばさんの接客はピカイチだ。どんな高級店でも真似できないほどに。それはもはや接客なんてものでもない。天性の気遣いでわたしたちを迎えてくれる。ほんの少しの素振りでこちらの望むものを出してくれる。ティッシュ、そば湯、お茶。いつも絶妙のタイミング。まるでエスパー。いわば最強の「おかあさんスキル」。おかあさんは接客を凌駕する。

 同じくご主人の蕎麦も最高だ。十割だの水だのこだわらくても、店に合った気取らない味が出せる。天ぷらは季節のもの。今日はかぼちゃが美味しい。鴨せいろがわたしの定番。つゆはほんのりゆずの香り。薬味もたっぷりつけてくれる。

 顔は知らないが客はだいたい常連客。それぞれが楽しそうにおばさんと話している。今日は忙しいそうにしているおばさんがかまってくれないようで、ちょっとばかりスネているお客さんもいた。

 思えば週末のこの午後がいちばん安らぐ。お酒はだいたい六、七合。あまり頼むと心配してくれる。お客さんがまばらな日はご主人も出てきて世間話をする。楽しくなるとつい店じまいを忘れて話し込んでくれる。いつでもみんな笑いあい、店をでる。

 もうかなり高齢のふたり。健康が心配。以前にも行きつけの洋食屋の主人がなくなった。街に根付いた「普通の店」がどんどん無くなってゆく。街に必要なのは本当はそういう店なのに。次々に変わってしまう。チェーン店か、駐車場。でなければ小洒落た店に変わる。それも良いが、ひとりで気軽にというわけにもいかなくなる。

 夫婦で切り盛りしているような、そんな「普通の店」。なんとか続けてもらいたいが、わたしのようなただの客にはどうしようもない。できることならNPOでも立ち上げて保護したい。それほどの気持ちはある。だができることといえば、たまに顔を出し、いつものメニューを頼み、僅かなお金を落としてゆくのみ。