ナマケモノの飛行訓練

記憶のすべてがかすんでみえる。うろ覚えでつづるひこうくんれん。

今朝のことを強烈な出来事というのは、たぶん勘ぐりすぎ。

 バイクで会社に向かう途中たまに寄るコンビニがある。そこは横浜在住ならご存じのドヤ街を道路一本挟んだところにあるので、まあ、なかなかの客層ではあるが盛況している。わたしは時々そのコンビニを利用する。

 そこはいつも混でいる。レジ前で並んでいると、常連のおじさんたちは店員のおばさんとなにやら話し込んだりしている。世間話だったりもするが、お客の大概は年寄りなので、小銭をなかなか金額通りに出せなかったり、金額を聞き取れなかったりして手間取っているのだ。

 それは全然かまわない。わたしは少しぐらい会計が遅れたり、年寄りが周りを気にせずに話し込んでいたりする風景に苛ついたりはしない。それどころか、むしろなんとなく和んだりもする性分だ。それに、店員のおばさんたちの仕事ぶりを見るのは気持ちが良いものだ。彼女らはちょっと癖のある連中ばかりを相手にして、テキパキとレジをさばき、時には強かに老人たちをあしらう。軽くファンになってさえいる。

 兎に角そういう場所にあるコンビニだから、結構濃いキャラクターの人たちをよく見かけるのだけれど、今朝はほんの数分のあいだに随分強烈な人たちを見かけた。

 まずわたしが店に入ると、ものすごい薄い生地で、丈の短いフリフリのワンピースを着た、太めの女性が店を出るところだった。彼女はなぜだか髪をビショビショに濡らしていた。シャワーを浴びた直後だとしてもおそらくタオルで拭いてさえいない様子だった。髪から滴がしたたり襟元を濡らしていた。太めだがまだ若いようだった。

 それで度肝を抜かしながらレジへ向かうと、今度は背の高い兄ちゃんがレジ前でなにやらゴネていた。なんでも釣り銭が食い違っていると主張しているようだった。彼は5円しかもらっていないと主張し、店員のおばちゃんは確かに50円渡したといっていた。おばちゃんは手慣れた様子で状況を説明し、ポケットを探るように促した。それからポケットから取り出した小銭に5円玉が無いことを確認し、本人にまるで子どもをあやすように優しく、かつ軽くあしらうように説明した。それでも彼はニヤニヤしながらなにやらゴネていた。スミノフの瓶を片手に、小銭を持つ手は明らかに震えていた。

 ようやくコンビニを出てバイクに向かうと、明らかに挙動不審のおじいさんがいたので身構えていると、通りの向こうから、格闘家のようにガタイの良い、手首までタトゥーの入った兄さんが来て、そのおじいさんの襟首を掴んでどこかへ連れて行った。ものすごく素早く、静かな挙動だった。襟首を掴まれる間際におじいさんは、「きゅん」みたいな小声をだした。その顔はまさに観念していた。ひとが観念するときは、ギャフンとはいわず、「きゅん」と小さく叫ぶのだと知った。

 どれも直接関わった人たちではないので事情はわからない。すれ違っただけの人たち。わかりはしないが、自分の日常にはあまり登場しないキャラクターを持った方々が矢継ぎ早に現れたので、変に想像力を掻きたてられてしまった。他人のことを単純な勘ぐりや決めつけで見ることは悪趣味だ。だが他人と自分とのちょっとした型枠の違いを珍しがったり、憶測だけで人物像を想像してしまうのは、人間の業というべきものだろう。

 だから、今朝見かけたあの女性は、ドヤ街に入り浸る娼婦なんかではなくて、単純に風呂上がりの買い物客だろうし、背の高い兄ちゃんが釣り銭を勘違いしたのはもちろんアル中が原因でもなく、バイクの前で見かけた二人は年の差を気にしない友人同士がじゃれ合っていただけかもしれない。

 こうして言葉にしてみれば、なるほどそれもそうだという気持ちのほうが強くなるものだ。憶測で物事を語ったって碌なもんじゃない。