ナマケモノの飛行訓練

記憶のすべてがかすんでみえる。うろ覚えでつづるひこうくんれん。

近々の時事ネタで思ったこと(切り込まない)

 さしたる意見も思想もなく、むしろ興味すらもそれほどなくとも、今現在でのニュースの一部を書き留めてみる。まったく切り込んでもみない不毛な思考。流れゆく今という概念を留める指標にはなり得るもの。こぼれ落ちる記憶のリハビリとして。何処にも飛ばない飛行訓練。

 痴漢

 名門大学の男子学生が痴漢で逮捕されていた。

 曰く、「ポケモンGOをしていたら、可愛い子がいた。だから後を付けた。おっぱいをさわりたかった。」という。この、一言で片づく簡潔な動機が妙にツボにはまる。まるでわかりやすい歌の歌詞のようだ

 犯人はわりと男前とのことだ。持論と偏見を踏まえて語ると、容姿端麗な人は、その面での挫折が少ないせいか、自信に満ちあふれている代償として、こういった小学生のような過ちを、たまに犯す気がする。なんだか、「ゲームをしていたら、うまくいかなかったので、机を蹴った。勝ちたかったから」といった、小学生がいかにもとりそうな動機で、平然と行動に移す。

 おそらく彼は今頃、警察や世間やお母さんに怒られながら、こう気づいているに違いない。「やっべぇ、これやっちゃいけなかったんだ」と。

鳥人間コンテスト

 一度は下火になったという印象だが、近頃盛り上がっているようにも思えるのは、おそらく例の、何年か前の東北大学ウインドノーツ(だったっけ?)の子らの暑苦しさのおかげだろう。やはりああいった青春の熱量は、遠巻きに眺めているぶんには、こちらもグッとくるものがある。

 毎回見ていて思うのだが、パイロットをもっとムキムキの自転車部かなんかの学生を助っ人に呼んだらどうだろうと、そう思う。が、一方で、そうは思わない部分もある。ダメなのだろう。青春とはそういうものだ。同じ志をもっている人間でなければ、鳥人パイロットは務まらないのだ。それに、あの「わぁーもうだめだー、脚つったぁ〜」というような雄叫びがなければ、ようよう感動も産まれないのだろう。真性のアスリートには、おそらくああいった雄叫びはでないのだろう。

 ある意味で、あの予定調和の青春でしか、なにやらざわざわしたものを心に感じながらも、結局最後には感動の運びとなる展開は産まれない。それはプロレスのようでいて、長渕剛のようでもある。予定調和からの予期せぬ展開がそれを産む。はじめはニヤニヤと物見遊山でみながらも、最後には正座してみたい気持ちに駆られる。

加計・森友学園問題

 正直早く片づけてくれというのが最も多い世論の意見だと思う。加計の学園長だか会長だか知らないが、例の安倍さん友だちのかたが、一向にメディアに登場しないということと、ワインセラーが設計図に入ってたという話題は、つい学園もののアニメかなにかを想像してしまう。生徒を牛耳る生徒会、その裏で暗躍する学園長。彼の顔を知るものは誰もいない。ただ事実上、学園を取り仕切る美人生徒会長ひとりだけが面会を許される。学園長はいつも生徒会長に無茶な注文をつける。学園内になぜかあるワインセラーで、年代物のワインを飲みながら。

 一方で、森友さんはこれでもかとメディアに登場した。毎晩のように彼らをみていると夫婦共々、次第に愛嬌を感じてくるから不思議なものだ。というかそもそも、この学園問題は、戦前を彷彿とさせる極右教育の学校ができる、という情報からはじまったと記憶している。それがいつの間に、その学園の不透明なお金の動きにばかり注目されていき、はじめのその問題はあまり取り上げなくなってしまった。

 お金やなにかで誰かがズルをしているだとかいう話題には、わたしはあまり興味はない。外国人を排除するような極右教育という問題はどこへいってしまったのだろうか。

 それとも世間はお金や談合や天下りだとかの不正のほうが関心があって、戦前教育に戻ろうとする思想があること自体にはあまり興味がないのかしらん。だとしたら、なんの不正もなくそういう教育方針の学校を造るというのならば、なんの問題もないし、世間も容認するのかしらん。

 ナイトプール

 まったくけしからんと思う。地元のナイトプールは酔っ払ったおじさんしかいないらしい。いったいどこに行けばあんなに女の子ばかりが溢れたプールがあるのだ。インスタ映え結構。誰も泳がなくとも結構。楽しいならばなんでもいいじゃないか。まったくけしからん。ものすごくうらやましいじゃないか。できることならわたしもそんな女の子たちを眺めながら、うまいビールを飲みたいものだ。