ナマケモノの飛行訓練

記憶のすべてがかすんでみえる。うろ覚えでつづるひこうくんれん。

未来はそんなに悪くない、ってさ。

 土曜日は自宅で牛のタタキと、ショウガを豚肉で巻いた料理を、安物の白ワインとビールでやっつけて、日曜日は前日の肉料理づくしで胃腸が疲れていたので、蕎麦屋へ行く。板わさとだし巻き玉子、それとわさび菜のおひたしを肴に日本酒を四合づつ呑み、それからまずい蕎麦をすする。いつもの週末。

 テレビが退屈だったので、仕方が無いのでYOUTUBEで音楽を聴く。ポップスは絶望的に疎いので彼女が聴く音楽を寝転びながら、わたしは何となく聴く。MISIA加藤登紀子森山直太朗宇多田ヒカル、ある程度定期的に知っている曲目がやってくる。スーパーフライの「愛を込めて花束を」。あー、これは好きだ。それから宇多田ヒカルの「花束を君に」。これもグッとくる。どうやらわたしは花束に弱いらしい。花束なんて贈ったこともないのに。

 河島英五の「酒と泪と男と女」。次第にしょっぱい古い名曲へと移り変わる。チューリップ。中島みゆき荒井由実。ハッピーエンド。よし来た、ハッピーエンドは大好きだ。

 わたしは本当はJ・マスシスが聴きたかったのだが、代わりに「恋するフォーチュンクッキー」をリクエストした。この曲はなぜだかわたしの涙腺を刺激する。

 それはまだ自分の中で東日本大震災のショックが消えなくて、世の中も落ち着きは取り戻してはいたが、なんだか自粛ムードがまだ漂っていた時代だ。わたしはひょんなことからこの曲のビデオ映像を聴いた。わたしはその娘たちがAKBだかNMBだかAK47だかを知らない。未だに見分けがつかない。けれど、そこではいろいろな人が楽しそうに踊っていた。

 未来はそんなに悪くないよ。彼女たちはいっていた。小橋建太も踊っていた。わたしは納得した。なるほどアイドルとはそういうことかと。わたしはみんながアイドルに熱中する訳をその曲で知った。

 人はおぎゃあと生まれて、いつの間にか自力で立ち上がったような気分で生きてゆく。世の中はハッピーで愛情に満ちあふれていて、自分も同じように誰からも愛されているかのように進んでゆく。けれど、いつしかそれは違うことに気がつく。たいていの人は容姿もおつむもそれなりか、それ以下。常に輝きを保っているひとも、いるようにも見えるけれど、実はそれも違う。みんなどこかで立ち止まる。みんなどこかで傷ついている。

 天災があり、人災があり戦争がある。それは一見、ハッピーで愛情に満ちあふれている世の中の常に裏側にあり、すぐ隣にある

 そんな中で彼女たちは歌う。未来はそんなに悪くないよ、と。

 挫折、傷心、あるいは何も無い人生。みんな同じだろう。だが、彼女たちはそんなことをおくびにも出さない顔でニコニコ歌う。ピカピカの衣装を着て、可愛らしいダンスを踊る。みんなと、わたしたちと。

 わたしはひとを励ますことが苦手だ。悩みを打ち明けられても、その事例に対して、問題がどこにあるのか、解決方法はどこにあるのかといつも探ってしまう。愚痴を聞いても簡単に同調したりもせず、素直に頷くことすらしない。

 みんなは、そんな態度を望んでいるわけではない。わかっている。わかっているが、わたしはそれをできない。

 けれど、彼女たちはそれができる。ニコニコした笑顔を振りまいて。彼女たちの本当の真意がそこにあろうと、なかろうと。彼女たちは歌う。

 人生捨てたもんじゃないよね。だってさ。