ナマケモノの飛行訓練

記憶のすべてがかすんでみえる。うろ覚えでつづるひこうくんれん。

「粋」じゃないマナー

 マナーにはなんとなく気をつけるようにしている。特に小さな、一見して取るに足らないようなマナーには気をつけたい。

 細かいマナーは沢山ある。電車内だったり、行列に並んでいたり。どこかで誰か他人がいる空間を共有するとなると、必ずマナーはついてくる。

 これが結構難しくて、たとえば歩行時での信号無視などはどうだろう。車のほとんど通らない小さな横断歩道についた信号機だと、やはり無意識にも無視してしまう場合はある。近くに子どもなんかがいると意識して守ることでも、普段は気がつかないままにルールを無視してしまう。

 誰もがいちどは破っていて、なんとなく誰にも咎められることもなく、たとえ怒られたとしても注意程度、下をぺろりとだして、すみませんでした、で済んでしまうルール。けれど見る人が見ればその人を不快にさせてしまう行為。これが恐らくマナーという概念だろう。だからこそ気をつけたい。

 もちろん信号無視は立派なルール違反、というかむしろ犯罪行為に該当するのかもしれないが、そういう細かい刑法を度外視して考えると、普段の何気ない生活で犯してしまう小さなルール違反は、むしろマナーとして捉えて、気をつけるべきなのじゃないだろうか。

 頻繁に呑みに出歩くと、否が応でもそういうマナーを気にしなければ楽しく呑めない。さらに、店によってもそのマナーはかなり流動的だ。赤提灯の狭い居酒屋で、他人と肩が触れあうのを気にしていたら楽しめないが、かなり綺麗な店構えのレストランでは、必要以上の馬鹿笑いは控えるように努めなければならない。

 一見、綺麗な店のほうが注意が必要だという気もするが、そういう店はその店でのある程度のマナーが確立されているから、実はそこまで気にすることもなく店に馴染める場合がある。逆に小さく気安い店のほうが、気安いからこその、度を超さないためのマナーが必要なの場合もある。

 経験上、気安い店のほうが馬鹿笑いで下ネタを話す連中や、店の若い女の子にくだらない質問を何度も繰り返すおじさんのように、度を超したマナー違反を頻繁に目の当たりにする。だからこそ、細かいマナーに気をつけたいとわたしは思う。マナーは細部に宿るのだ。

 とはいえ、テーブルマナーというものをわたしは知らない。というかあまり気にしたこともない。フレンチだろうがイタリアンだろうが和食だろうが、それはあるのだろう。正装をしてガチガチに上品な店に出入りしない/できない、こともあるが、とにかくわたしはそれを知らない。

 たとえば、会計時に、「お愛想おねがいします」はよろしくない、だとか、寿司屋のように、はじめはコハダからだの、握ったらすぐ食べるだの、と、できれば守ったほうが良しとされるが、実は店側からしてみれば、客が楽しめればそれで良いとされるマナーも、テーブルマナーにカウントされるとしたら、わたしも理解する部分もあるし、或いは、それを知りながら、あえて気にせずに楽しむ場合もある。

 要するに、客だろうが店員だろうが、やはり誰かが不快に思うのならば改めたい、というのが第一義であるべきなのだろう。

 そういうわけで、細かいマナーというものは常に他人の心情に左右されるものなので、ものすごく難しいテーマだとわたしは思った。

 ある時そう思って、考えて、考えてたら分からなくなったので。わたしは自分なりの規準を設けることにした。それは「粋」か「粋じゃない」かだ。つまりマナーを粋か粋じゃないかで判断することにした。

 この判断基準を基に考えると(まあ、あくまで自己中心的な規準だが、そこはとりあえず置いておいて)細かいマナーというものがそれほど恐ろしくもなくなった。

 つまり、

  • マナーは流動的に変化する。
  • マナーの判断基準は「粋」かどうか。

 ここを規準として世の中を過ごすことにした。

 他人の前で下ネタを話すのは「粋」じゃない。店の女の子に話しかけるときは小粋な話題で。何度も絡むのは「粋」じゃない。寿司屋でコハダから頼むのは別に「粋」とは思わない。小綺麗な店にサンダル履きで訪れるのは「粋」じゃない。電車で終始うつむいて携帯電話をいじっているのは、別に構わないが「粋」ではない。人前で化粧をする女性も、別に構わないが「粋」ではない。

 という具合。

 少々戻るが、信号無視はどうだろうか。

 車での信号無視。これは言わずもがな。徒歩での信号無視。やはりこれも「粋」ではない。

 では、横断歩道を通過途中で信号が点滅しだしたという場合はどうだろう。

 途中で赤信号に切り替わってしまっても、そこは仕方が無い。戻るわけにもいかないだろう。老人や障害のあるかたはもちろん仕方が無い。だから走れるのなら走るべきだ。たとえ赤信号になってしまっても、申し訳なさそうに小走りで、どこともなく頭でも下げれば「粋」は追加される。

 ところが、たまに、点滅している状態から走ってきて、横断歩道に一歩でも踏み入れると安心したかのように歩きだす人がいる。点滅しているのだからそこは急ぐべきだろう。なんならそこからゆっくりと携帯電話をいじりだす輩もいる。そういう人は例え赤信号に切り替えられようとも、その歩みは変わらない。これはトリプルでアウト。「粋」じゃない。

 日常生活のなかで気をつけるべき点を、こういうふうに考えて過ごすようになると、

マナーがどうだとか逐一気にするよりも、よっぽどクリアになるのじゃないだろうか。

 それと、タバコのポイ捨てはもちろん「粋」じゃない。けれど、よく漫画なんかでみる、喧嘩の前にタバコを投げ捨てるのはなんとなく「粋」な気がするのでよしとする。ただし、理由もなく喧嘩する場合、その行為自体が「粋」ではない。というかそもそも喧嘩自体がもはやマナー云々の話題から大きくズレているから「粋」ではない。