ナマケモノの飛行訓練

記憶のすべてがかすんでみえる。うろ覚えでつづるひこうくんれん。

不満の声

駅前でデモ集会が開かれていた。なにやら賃金引き上げを主張しているようだ。「最低賃金時給1500円」のプラカードが目立った。

通りすがりに眺めていただけなので、詳しい主張は知らないが、みんなの給料があがればそれは素晴らしいことではないだろうか。

 

わたしのような小さな小さな会社に働いていると、賃金引き上げは望めない。というか、到底、言えない。分母がわかりきっているから。

では、分母を増やすとなれば方法はふたつ。仕事を増やすか、単価を上げるかだ。

仕事を増やすと当然残業も増える。残業はあまり望まない。なら単価を増やすしかない。だがお客に値上がりを伝えるリスクを考えると、それも逡巡する。それがわかりきっているから、わたしは「声」をあげない。まあ、ぼやき程度はしょっちゅう漏れているが。

物価の上昇と賃金の引き上げが伴わない、なんて巷でいわれているのはもちろん知っているが、デモ隊のみんなは自分の給料が上がれば牛丼が千円くらいになってもかまわないのだろうか。さらに物価が上がったら同じことなのではないだろうか。

 

魚釣りをしていたら、お金を払ってでも魚がほしいという人がいて、お金をもらう。次の日もまた日も魚は売れる。そうしているうちに隣で釣りをする人が増える。彼らも同じように魚を売る。釣りが上手いやつもいれば、売りさばくほうが得意なやつもいる。やがて彼らは効率を考え、結託し、その日に釣った魚を集めてから売り出す。魚はどんどん売れる。彼らは船を買うことにする。当然、沖にでればもっと大きくて沢山の魚がいる。彼らの収入は上がる。簡単な話だ。

ここまでの経緯は単純だが、個人にフォーカスしてみれば不満の種はいくらでも生まれているはずだ。誰かをすっぱ抜くのが得意なやつが現れるのも時間の問題だ。

けれど、釣りが得意やつ、売りさばくのが得意なやつ、船の操縦が出来るやつ、それと、誰かをすっぱ抜くのが得意なやつ。彼らのどこをどう比べれば平等といえるのだろうか。

 

わたし個人としてはデモ行進には興味はない。けれど声は大事だ。誰かが声を上げることで誰かが考えはじめる。それはとても重要なことだ。

ただ、わたし個人としては、みんながすっぱ抜く側に回ることを望んでいないこと望む。デモ参加者のなかの釣り人は釣りが好きで、牛丼屋は牛丼をつくることが好き。だからこそ発せられた「声」だということを望む。くれぐれも、砂漠に撒かれた一握り砂金の所有権なんてものを、主張しださないことを望もう。